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[4.15] Roz's Krantz And Gouldenstein Are Dead / imdb.com

[4.15] ロズのクランツとグルデンステインは死んだ[引用-戯曲『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』]



第1幕


第1場——フレイジャーのBMW

フレイジャーとナイルズはスカッシュの服装で田舎道を車で走っている。
ナイルズ:そうだ、言ったっけ? 僕がやってる「責任関与への恐れ」グループの二人が、結婚するって発表したんだ。
フレイジャー:そりゃおめでとう。
ナイルズ:ありがとう。でも一つ困ったことがあってさ——二人は「ニューエイジ」タイプで——結婚式は森の中でやることになってるんだ。
フレイジャー:で?
ナイルズ:パートナーが必要なの。僕の周りの女性たちって屋外だと死んだようになっちゃうじゃない。
フレイジャー:そうだな、でもナイルズ、世の中にはあらゆるタイプの女性がいるんだぜ。多分、お前が後生大事にしている輪から一歩踏み出して、もっと広い網を投げれば…
二人は側道を掃除している作業夫たちの傍を通りかかる。
ナイルズ:フレイジャー? ゴミを突き刺してる側道のあの女性!
フレイジャー:そこまで広げなくても。
ナイルズ:違う、違う。ロズだよ!
フレイジャー:ホントだ![女性の傍に車を停める]
ナイルズ:僕らが気づいたってわかったら、彼女はすごく恥ずかしがるよ。[怒鳴る]ロズ!?
ロズは振り向くが、顔を隠そうとする。
ロズ:やだ! 見ないで! あっち行って!
フレイジャー:ロズ! いったい何でここにいるの?
ロズ:ちょっと乗せて。
ナイルズ:待って、新聞紙を敷くから。[後部座席に新聞紙を広げる]
フレイジャー:ああ。ありがとう、ナイルズ。[ロズに向かって]いいよ。
ゴミ用のさすまたで完全装備したロズが後部座席に乗り込んでくる。
ロズ:オッケー、行きましょ。
フレイジャー:何? 「行きましょ」ってどういうこと? 行けないよ、何で君がここにいるかもわからないのに。
ロズ:ひと月くらい前、50キロの道路で100キロ出して捕まっちゃったの。それですごい罰金か地域奉仕のどっちかってことになったのよ。でここにいるってわけ。悪夢よ。排気ガス吸って、轢かれた動物の死骸をヘラでこそげ落として…
フレイジャー:まあ少なくとも明るい面も見ようよ。屋外に出て、自然を楽しんで、高速道路を美化して…
ロズ:フレイジャー、私、耳を見つけちゃったのよ!
フレイジャー:ほかにできる奉仕はなかったの?
ロズ:一つだけあった選択肢は老人ホームのお年寄りを訪問すること。
フレイジャー:でもこっちを選んだ?
ナイルズ:考えてもみてよ。通りを歩いて、クズを拾う——ロズがどれほど慣れてるかわかるでしょ。[ロズからビンタ]
フレイジャー:ナイルズ。
ロズ:お年寄りといると落ち着かないのよ。
フレイジャー:ロズ、お年寄りの傍にいるときの居心地の悪さは、年を取ることへの自分自身の恐れに原因があるって考えたことはある?
ロズ:[皮肉っぽく]あーら! そう思う?[何かを見て]まずい!
フレイジャー:何?
ロズ:監督よ。アクセル踏んで。
フレイジャー:できないよ。違法かもしれないのに。
ロズ:[ナイルズの頭にゴミ用サスマタを突きつける]行って、行かないと弟がこれを食らうわよ!
フレイジャー:絶対にダメだ!
ロズ:[標的を変える]いいわ、じゃあヘッドレスト。
フレイジャー:行こう。
フレイジャーはスピードを上げて、キョトンとしているロズの監督の傍を走り過ぎる。
溶暗

第2場——フレイジャーのアパート

フレイジャーとナイルズが入ると、ダフネがマーティンのリハビリを助けている。
フレイジャー:ただいま、父さん。リハビリやってるね。大変結構。
ダフネ:[膝を上げているマーティンに向かって]もう少し行きますよ! おめでとうございます、クレインさん! とうとう膝が胸郭に届きましたよ。
マーティン:大したことじゃないさ。
フレイジャー:でも結婚5年目のときのリリスよりもできてるよ。
ダフネ:お父様が少しずつ進歩なさっているのを見るのは本当に嬉しいです。こんな日にはここにいてよかったって思います。
ナイルズ:[前傾姿勢のダフネを後ろから見ながら]君がそこにいるとみんなもよかったって思うよ。
フレイジャー:ねえダフネ、正直、ときどき君が羨ましくなるよ。ほらよ、ナイルズ。
フレイジャーがナイルズに水のボトルを投げるが、ボトルがナイルズの頭を飛び越えてもナイルズは無反応。フレイジャーは別のボトルを手渡す。
フレイジャー:つまりさ、何かしら君の努力に報いるものがあるのを見るといつもよかったなと思うんだ。最近、僕自身の仕事に欠けているものなんだけどね。
ナイルズ:どうして?
フレイジャー:だって、僕の一対一診療。一人の患者に何ヶ月、いや何年もかけた成果を見てよ。さて、誰かがやってくる、僕がアドバイスする、でもうまく行ったかどうかは金輪際わからないんだ。僕はただ、慎ましい言葉を電波に乗せる、その後は言葉は永遠に去って消えてしまうのさ。
ナイルズ:じゃあ僕のティファニーのカフスボタンとおんなじだ。[フレイジャーが見つめているので]いや、そのニューエイジ風結婚式に着けるつもりだったんだけどなくなっちゃって。
フレイジャー:僕の悩みをよくわかってくれたねぇ! もっとも僕も本当に不満というわけでもないけどね、まあただ…ね、ダフネ、父さんで君の進歩がわかるだろ。ナイルズ、お前は自分の責任恐怖症患者が今度結婚式をやるだろ、…。
マーティン:何を言う、お前はいつも人の助けになってるさ。つい先日もわしを助けてくれた。
フレイジャー:どうやって?
マーティン:エディの食欲がなくて心配してたときお前が言ってくれたことを覚えてるか?
フレイジャー:僕の記憶に間違いがなければ「僕のトリュフとフォアグラをやってみたら?」って言ったね。
マーティン:そう。
フレイジャー:冗談のつもりだったんだよ。
マーティン:…ほぉ。[ごまかして]そりゃ、わしにもわかってたさ。ハハハ。それでわしの元気が出たってだけのことさ。おいで、エディ!
マーティンは寝室に引き上げ、フレイジャーは慌ててキッチンに飛び込む。
溶暗/場面転換

第3場——KACL

フレイジャーはロズを待っている。彼は廊下を確認する。ブルドッグが自販機からチョコレートを取っている。
フレイジャー:ねえ、ブルドッグ?
ブルドッグ:どうしたよ、センセイ?[急に吹き出す]
フレイジャー:ね、ロズを見かけなかった? 遅いんだよ。もう30秒で番組が始まるってのに。
ブルドッグ:知ってる? 彼女を振ったんだ。
フレイジャー:ちょっとやりすぎって思わない?
ブルドッグ:思わないね。年に一度は誰でもクビにするんだ。家事ヘルパーも、パーソナルトレーナーも、スパンってさ。奴らが偉そうにし出す前に切るのさ。あっ、——医者は一番ひどいね。同じ病気を三度も四度も取り上げて、お前が悪いみたいに講釈し出すんだ。[チョコレートについて]一口食べる?
フレイジャー:それを消毒液のプールに投げて水切りしない限り、結構。
ロズは来ないものと決めてブースに戻る。座って「放送開始」ボタンを押す。
フレイジャー:こんにちは、シアトルの皆さん、ドクター・フレイジャー・クレインです。本日は、ちょっとだけ違うことをやってみましょう。今まで四年間、私が電話を取ってアドバイスをしてきましたが、考えてみたんです、きっとリスナーの皆さんも事の成り行きはどうなったかと思ってらっしゃるんじゃないかと。私はそうなんですね。ですから今日は、過去に電話をくださった方をお招きして不平不満をぶつけてもらいましょう、そしたらその後うまくいったか把握できます。回線は空いていますので…
沈黙
フレイジャー:さあさあ。おかけ下さい、番号はわかってるでしょ。[盤のライトが点く]お、いらっしゃった。[電話を取る]もしもし、ドクター・フレイジャー・クレインです。どうなさってました?
チェット:[音声のみ]もしもし、ドクター・クレイン、ウィドビー島のチェットだよ。去年だったかな電話したの? 自己評価が低い悩みで。
フレイジャー:はいはい、わかりますよ。私のアドバイスで少しは積極的になりましたか?
チェット:おう。今じゃみんな俺がすげー横柄だって言ってるよ。俺は何て言うかって? くたばっちまえ!
フレイジャー:ええと、私のアドバイスをちょっと取り入れ過ぎたみたいですね。
チェット:お前何様だよ? お前もくたばりやがれ![電話が切れる]
フレイジャー:えー、私が自分で自分の背中を叩いて褒めてやっている間に、チェットはポーランド侵略に行軍して行ってしまいました、[ロズがやっと入ってくる]ではちょっとコマーシャルを。[放送を切る]ロズ、やっと来たか。
ロズ:やっとこさ来れた、あなたはラッキーよ。あなたのアドバイスを聞いて、老人ホームに行って地域奉仕を済ませることにしたの。
フレイジャー:ゴミの突き刺しよりずっとマシだったろ?
ロズ:ご冗談。私、クランツさんとかいうお年寄りとチェッカーをやり始めたの。で勝負がちょっと緊迫してきて、そしたら彼がすごくまずい手を打ったのよ。で私言ったの、「死んだわね!」って。
フレイジャー:おいおい。話の先が見えてきた気がするよ。
ロズ:そのすぐ後、彼が盤の上に倒れてきて、コマは散らばっちゃうし、あたり一帯叫び声…。私がお年寄りを引き起こしたとき、彼はまだおでこにコマをくっつけてたわ 。
フレイジャー:ロズ、気の毒に。僕は、僕はそのことで君がどんなに傷ついたかわかるよ…[放送開始]やあ、戻ってまいりました。キャッチーなコマーシャルでしたよね? もう一度聞いてみましょう。[放送を中断]ロズ、聞いてくれ。あんまり気に病むなよ。その状況と、年齢と環境を考えれば、これは一種予想通りのできごとだったよ。
ロズ:その人のことだけじゃないの。私が彼を好きだったのはただ、彼は若々しくて丈夫そうだったからよ。[ブルドッグが入ってくる]彼に会ってもらいたかった、フレイジャー。彼は走り出さんばかりだったし、いつも自分がどんなに健康でこれからどんなに楽しくなるか自慢してたのよ、なのに彼は私のせいで死んじゃったの!
ブルドッグ:よぉ、どんな男にもあることだぜ?
フレイジャー:ブルドッグ…。
ブルドッグ:いやいや。これは俺の不満の種なんだよ、センセイ。どうしてそれがいつも男のせいになるんだ? お前ら女どもが「多分」から「いいわ」に移るのにもう少し酒が少なくてすめば、ここぞという瞬間が来たとき俺ら男はもっと機敏にやれたはずなんだよ。
フレイジャー:ブルドッグ、ロズは、年配の紳士とチェッカーをやっていたら、彼が死んじゃったんだよ。
ブルドッグ:おっと…。「俺たち」って言ったけど俺のことってわけじゃないんだ、だって俺はそんなことしないし…
二人は待っていたが沈黙。
ブルドッグ:よぉ、あんたは医者なんだから秘密にしとけよ![去る]
ロズ:ああ、動物の礫死体をこそげ落とす仕事に戻ろうかしら。
フレイジャー:ロズ、ロズ、今日老人ホームで起こったことは例外だって絶対わかってるよね。
ロズ:多分そうなのよね、でもそもそもお年寄りの傍にいると不安だったし、今回のことで好転しなかったのは間違いないわ。
フレイジャー:じゃあロズ、聞いて。年を取ることへの恐れを克服するには、また同じ所に戻って彼らと時を過ごすべきだよ。彼らが本当は生命力のある人々だってきっとわかるから。
ロズ:ああ、まだそんな気になれない。
フレイジャー:よし、じゃあこんな風に考えて。最近高速道路にはすごい霧がかかってて、カリブー[訳注:北米トナカイ]が大移動中だって。
溶暗/場面転換

第4場——老人ホーム

ロズは本を朗読している。
ロズ:「汽笛が鳴って私たちが駅を出発したときに、私は窓を下ろして言った。『戻ってくる』と。しかし、私には何となくわかっていた。二度と彼女に会うことも、パリを見ることもないことを。完」 素敵な本でしたね、グルデンステインさん?[彼の手を優しく叩く]グルデンステインさん、少し寒そうですね。私が美味しい温かい飲みものを…[気づく]大変!!
彼女は部屋を走り出る。

第5場——フレイジャーのアパート

エディが芸をして、マーティンとダフネは楽しんでいる。
マーティン:さあ来い、お前はできるぞ。
エディは後ろ足で立ってくるくる回る。玄関のベルが鳴る。
ダフネが出るのと同時に、フレイジャーが寝室から出てくる。

マーティン:よお、フレッズ。見てみろ、エディが踊ってるぞ。ホントにポルカを踊ってる。
フレイジャー:いいね。これならエディをサーカスに売るときの値段が高くなるな。
ダフネ:[ナイルズのために扉を開ける]いらっしゃい。
ナイルズ:こんにちは、ダフネ。
マーティン:森の大結婚式から戻ったってわけか?
ダフネ:そうですね、素敵じゃないですか。ただ、肩の上全体にかかってるネバネバしたものは何ですか?
フレイジャー:最終的にパートナーは見つかったの?
ナイルズ:マリスに頼んだ。
ダフネ:[ネバネバしたものを検分]樹液ですね。[訳注:マヌケ、アホくさい等の意もあり]
フレイジャー:ダフネが僕らみんなを代弁してくれたね。一体どうしてそんなことになっちゃったんだ?
ナイルズ:パートナー探しに必死でさ、この時期、マリスは一人ぼっちなことを知ってたんだ。クルーズの季節だろ、マリスは絶対に参加しないから。彼女はビュッフェにすごい恐怖感を抱いてるんだ。
フレイジャー:そうだな。名高いスモーガスボード恐怖症だから。
マーティン:それでどうなったんだ? いやこう言うべきかな、どんなどエライことをマリスはしでかした?
ナイルズ:実は彼女はとてもうまくやったんだよ。式の合唱にも喜んで加わったし。気に入った木を抱きたがる連中がいたもんで巫女が彼らを呼んでやったらさ、マリスは自分が抱きたい木は家系の樹状図だけだって言ったんだ。みんなが笑ったよ。まあ僕が笑ったんだけど。そしたらそれがきっかけでグループ・ハグが始まったんだ。
フレイジャー:何とまあ。
ナイルズ:最後に僕が彼女を見たとき、彼女は自分のメルセデスに向かって全力疾走してて、すごいブレーキ音をキィーって鳴らしたんで、その音で結婚式用の鳩が右往左往してぶつかり合ってたよ。[玄関のベルが鳴る]この樹液を取るものが何かないか探してみる。[寝室に行く]
フレイジャーが扉を開ける。ロズだった。
ロズ:また一人死んじゃった。
フレイジャー:何だって? 何があったの?
マーティン:何の話だ?
フレイジャー:ああ。父さん、ロズは老人ホームで地域奉仕をしてたんだ。どうやら今週二度目に彼女の担当の人が死んじゃったらしい。
マーティン:ありゃりゃ。
ロズ:みんなもう私のこと「死の天使」って呼ぶの。
フレイジャー:もちろん君のせいじゃないんだよ。
ロズ:もしかしたら私のせいかも。植物とか動物とかうまくやれた試しがないんだもの。私の手にかかるとみんな死んじゃうの。
フレイジャー:猫、いたろ。[ロズの目つきを見て気づいて]ごめん。
ダフネ:ロズ、死は介護の仕事をする上での職業的リスクですよ。ホントです。私だって、数えたくないくらいたくさんの患者を死なせてますもの。
マーティン:わしにそんな話、したことないな。
ダフネ:そうでしたっけ?[ロズに向かって]とにかく座って、おいしい紅茶を一杯入れますから。[キッチンへ向かうと、マーティンも続く]
マーティン:おい、待て。何人死んだ?
ダフネ:さあわかりません。日記につけてたんですけど、悲しくなっちゃうので。
マーティン:5人よりも多い?[二人はキッチンに入る]
フレイジャー:ね、ロズ。君が罪悪感を感じる必要は全くないんだよ。つまり、その老人方はいずれにせよ死ぬ運命だったんだよ。仮に何かあったとしても、その人たちの最後の時間に君はとても喜ばれる友達づきあいをしてあげたんだ。
ロズ:すごく不公平に思えてならないの。[この時点でナイルズが戻ってくる]1分間、寝床で彼が幸せそうに微笑んでたかと思うと、10秒後にはおしまい。
ナイルズ:頼むよ、どんな男にも人生一度や二度そういうことがあるものさ。君たち女性はどうしてそれを名誉と思えないの?[キッチンへ行く]

第1幕了


第2幕

お静かに願います/鼻がモゲます

第1場——老人ホーム

フレイジャーとロズが廊下を歩いてくる。フレイジャーはロズをしっかり抱いている。
ロズ:ねぇ、ここまで一緒に来てくれて感謝してるわ、でもうまくやれそうにないの。
フレイジャー:ロズ、もうこのことは話したよね。君の突破口の日になるんだ。
ロズ:ここじゃ嫌われてるのよ!
フレイジャー:過剰に反応しているだけだよ。君が「死の天使」だなんて考える理由はないもの。
住人の二人が角を曲がってきてロズを見た途端、踵を返す。
ロズ:帰る。
フレイジャー:だめだ。ロズ、君らしくない。僕の知ってるロズは意気地なしじゃない、闘士だ。
ロズ:またあんなことが起こるんじゃないかって考えざるを得ないの。いつも3人ずつ死んじゃうのよ。
フレイジャー:全くもう、そりゃセレブの話。[訳注:セレブは3人ずつ死ぬと言われているそうです]おいで。
場面転換:モイラの部屋
扉が開いてロズは押し込まれる。

ロズ:こんにちは。ロズです。
モイラ:モイラよ。お入りなさい。
ロズ:調子はいかがですか?
モイラ:いいわ。
ロズ:本当に? ご気分はいいですか?
モイラ:ええ。ちょっとすまないけどあそこのタバコ取ってちょうだい。
ロズ:でも、警告付きですよ。
モイラ:あんたもそうでしょ。私はあんたを入れてやったんだからね。
場面転換:廊下
フレイジャーは座ってロズを待っている。

フレイジャー:[通りすがりの住人に]こんにちは。ごきげんよう。
開いた扉から呼ぶ声がする。
ノーマン:[音声のみ]ドクター・クレインですか?
フレイジャー:ええ。
ノーマン:ドクター・フレイジャー・クレイン?
フレイジャー:[部屋に入りながら]そうです。お会いしたことありましたか?
場面転換:ノーマンの部屋。フレイジャーが入ってくる。
ノーマン:いや、でもあなたじゃないかと思って。ラジオの声でわかったんですよ。いつも番組聞いてます。ノーマン・ロイスターです。
握手の手を差し出す。フレイジャーはノーマンが目が見えないことに気づく。
フレイジャー:[握手しながら]どうも、お会いできて嬉しいです。
ノーマン:どなたかを訪ねておいでですか?
フレイジャー:いや、違うんです。友人のロズについて来たんです。彼女はここでちょっと地域奉仕をやってまして。
ノーマン:ああ、あの「死の天使」ね、いい子です。思い出すんですが、ある日あなたの番組を聞いていたら、そう、家内が死んだすぐ後でしたかね、まあ辛い時期を過ごしていたんです。同じような目に遭った人に、あなたは奥さんの写真を手近に置いて過渡期をやり過ごすようにおっしゃったんです。いい考えだった。
フレイジャー:それで奥様の写真を置くようになさった?
ノーマン:それは意味がないのではないかと?
フレイジャー:ごもっとも。では何をなさったんですか?
ノーマン:デートをしていたときのことを思い出したんです、ヘレンは美術の授業で自分のライフマスクを作っていたんで、娘に屋根裏部屋を探してもらったら、こはいかに、[陶材のマスクを取り上げて]見つけてくれたんです。出会った頃、彼女はこんな風でした。美人じゃないですか?
フレイジャー:それはもう。
ノーマン:だからあなたは正しかったんです。毎晩眠りに落ちる前に、指でのヘレンの美しい顔をなぞると、一緒に過ごした素晴らしい日々に連れて行ってもらえる。世界が変わりました。[マスクをそっとテーブルに置く]あなたに感謝したいんです。本当に助かりました。
フレイジャー:そうお聞きしてどんなに嬉しいかわかりません。
ノーマンのポケットベルが鳴る。
ノーマン:ちょっと失礼していいですか? 薬を一つ飲む時間です。たくさんありましてね。どうぞおくつろぎ下さい。[洗面所に入る]
フレイジャー:ありがとうございます。
フレイジャーはマスクを取り上げて鑑賞する。そして目を閉じてマスクをなぞってみる。そうこうしているうちに彼はマスクを落としてしまう。
割れた音がする。

ノーマン:[洗面所から]どうしました?
フレイジャー:何でも! 何でもありません、あなたの灰皿を叩いてみただけです。
ノーマン:[再び部屋に入ってくる]壊れていないといいですが。孫がサマーキャンプで作ってくれたんですよ。
フレイジャー:まさか、大丈夫ですよ。ほんのひとかけらも壊れちゃいません。
彼はマスクを取り上げる。鼻が取れている。
ノーマン:テーブルの元の所にしまっておいて下さい。家族の思い出の品にどれほど愛着を感じるかお分かりでしょう。お子さんはいらっしゃいますか、ドクター・クレイン?
フレイジャー:[ひざまずいて、取れた鼻を探している]ええ。
ノーマン:ドクター・クレイン、床にいらっしゃる?
フレイジャー:ちょっと靴紐を結んでいただけです。ええ、ええ、一人息子がいます。それよりあなたのご家族のことをお伺いしたいです。[ベッドの下を探す]
ノーマン:私には息子が四人と娘が一人おりましてね。まさかとは思いますが今お一人ではないですよね、ドクター・クレイン?
フレイジャー:[浮上して]実はそうなんです。
ノーマン:うちの娘もなんですよ。まず彼女のことをお話ししましょう。本当に可愛い子なんです。やはり美人でね。母親と同じですよ。[フレイジャーはなくなった破片を見つけて起き上がる]頬骨も同じ、鼻も同じ。
フレイジャー:[手に持った鼻を見る]素敵な鼻ですね。
場面転換:モイラの部屋。
モイラは話をしている。ロズは夢中で聞いている。

モイラ:すると筏に私らのうち四人がいるんだよ、で、あたしにゃ白く泡立った水の所に向かってるのが見えるの。突然、岩に衝突してさ、気が付いたときには歯がコロラド川に飛んでってた。危なく歯を追っかけて飛び込む所だったさ。あの歯は旅行全部よりも高くついたよ。
ロズ:大変なご苦労をなさったんですね。
モイラ:まあね。逮捕はされなかったがね。お気の毒様。
ロズ:ひどい話ですよ。しょっぴかれてお色気で逃げ切れなかったのは生まれて初めてでした。
モイラ:ああ、そりゃ誰かに初めて「マダム」って呼ばれるのとほとんど同じくらいひどいことだね。
ロズ:それ、先日ありました。ひどい一週間だったわ。
モイラ:私にゃあんたが考えてることが間違いなくわかるよ。「これはただの始まり。これからどんどん悪くなるだけ。」
ロズ:まさにそう。
モイラ:わたしゃ今81歳。毎朝目を開けると窓から太陽がさんさんと降り注いでるのが見える。鳥がさえずってるのが聞こえて、廊下の方からコーヒーを入れる香りもしてくる、そして洗面所に入って鏡を見るだろ。そのとき何てひとりごちるかわかるかい?
ロズ:[ほとんどうっとりして]何て?
モイラ:ギャーーッ!
ロズ:[仰天]一体何ですかそれ?!
モイラ:それが次に私が言うこと! 要するにさ、自分が今いる場所からどんどん悪くなる一方ってこと。あたしに何て言ってもらいたかったの?「人生は年を追うごとによくなる」とか? そう言うことを聞きたがるんなら、エイドルマンと話しに行きな。すぐ見つかるから。テレビ室で腰にタツノオトシゴの風船をぶら下げてる女さ。
ロズ:ちっとも気分がよくなりません、モイラ。
モイラ:私にゃそんなことはできないからだよ。年を取りたい人間なんかいやしない。でも楽しくなれないって言ってるんじゃないよ。面白い話をしてやろう。先週の木曜日にさ、ここのメイン・コンピュータをハックして入り込んで予定表を書き換えてやったよ。だから、あたしの清拭は全部エドゥアルドにやってもらえることになったのさ。
ロズ:ウソでしょう。
モイラ:あんたはそんな心配するにはあまりにも若いんだよ。自分にはどうしようもないことに悩んだりして人生の一番いい時代を無駄に過ごしなさんなよ。
ロズ:わかります。あなたは正しいことがわかります。あなたくらい心が若々しくていられると思ったら年取ることが気にならなかったでしょう。
モイラ:若々しいって? 面白い話をしてやろう。先週の木曜日にさ、ここのメイン・コンピュータをハックして入り込んで予定表を書き換えてやったよ。だから、あたしの清拭は全部エドゥアルドにやってもらえることになったのさ。
場面転換:ノーマンの部屋。フレイジャーは何か糊がないか部屋を探し回っている。
壊れたマスクはベッドに載っている。

ノーマン:もっともウィリー・メイズが二塁を盗塁したりマイケル・ジョーダンが速攻でダンクを決めたりするのが見られないわけですが、見逃して悔しいと思うことはそれほどたくさんありませんね。
フレイジャー:[引き出しのついたチェストをこっそり探しながら]そうですね。そう言えばここら辺に糊はありますか?
ノーマン:ないと思いますが。どうして?
フレイジャー:いえ、私のカフスからオニキスが取れちゃいまして、で、またくっつけたいなーなんて思って。
ノーマン:私の持ち物で一番近いのは入れ歯用の接着剤ですね、ドレッサーの上にありますよ。
フレイジャー:おお結構、結構。やってみましょう。[マスクに接着剤をつけ始める]
ノーマン:さっきの錠剤のおかげで生きていられるんですが、眠くなってきてしまうんです。ありましたか?[寝台に向かう]
フレイジャー:はい。はい、うまくいったと思います。
鼻を取ろうとするが、遅かった。ノーマンは鼻の上に座ってしまう。
ノーマン:最も残念なのは、昔は疲れたことなどないタイプの人間だったのに、ってことですね。
フレイジャー:[ノーマンを立たせようと試みる]どうですか、軽く散歩でも。血行をよくしましょう!
ノーマン:いえ、結構です。どっちみちもう休む時間に近いので。
フレイジャーは扉の方に這って行き、ノックして急いで戻る。
フレイジャー:どなたかいらっしゃったようですね、ノーマン。
ノーマン:[立たずに]お入り下さい…お入り下さい…多分エイデルマンさんですよ。彼女はボケる前はエイボン・レディーだったんです。
フレイジャー:それはそうと、いやはや、素敵なローブですね。私もそういうのがほしいと思ってるんです。立ってみていただけませんか、ラベルが読めるように。
ノーマン:[後ろに身を傾けて]こっちに来て見て下さい。何かの上に座ってるな。[立ち上がる]
フレイジャー:あっ! 私のカフスボタンだ![鼻を掴んで元の場所に付ける]これでよし、と、慎重に元の位置へと…よっしゃ。うまく行った。新品同様。さてとノーマン、あなたと過ごせてどれほど楽しかったか言葉に尽くせません。
ノーマン:お立ち寄り下さってありがたいことでした。
フレイジャー:[ベッドサイドのテーブルにマスクを戻す]私こそ。
ノーマン:おやそちらにいらした?
フレイジャー:ええ、最後にもう一目ヘレンを見せていただきました。
ノーマン:美人でしょう? 顔の造作が繊細なんです。
フレイジャー:[感に堪えない様子で]本当ですね。さてノーマン、本当に楽しかった。私の番組ずっと聞いて下さいね。
ノーマン:もちろんですよ。いいお方だ。あなたのような高潔な人格を持つ人はなかなかいません。
フレイジャーは去る。廊下に出ると、良心がチクリと。
再び入ってくる。

フレイジャー:ノーマン、実は…申し上げなければならないことがちょっとあって。私が…私が落としたのは灰皿じゃなくて、マスクだったんです。鼻が取れてしまいました。動転してしまって。
ノーマン:ああ、それで入れ歯の接着剤が必要だったんですね?
フレイジャー:そうです。
ノーマン:だいたいそれでうまく行きますからね。私も10回はあのマスクを落としてますよ…何せ目が見えないんですよ。
フレイジャー:ああ、そうお聞きして本当にホッとしました。これ以上物を壊さないうちにおいとました方がよさそうです。お会いできてよかったです。[去る]電気、点けときますか、消した方がいいですか?
ノーマン:お任せしますよ。

第2幕了


エンドロール

ロズがモイラに本を朗読してやっていると、男前の看護師エドュアルドがスポンジと洗面器を持って入ってくる。ロズは彼の傍をウロウロするが、しまいにはモイラがシッシッと追い払う。