Top > Season 4 > Episode 10

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[4.10] Liar! Liar!

[4.10] ライアー! ライアー!


第1幕


第1場−フレイジャーのアパート


フレイジャーは自宅から客を見送っている。二人ともタキシードに身を包み、共に部屋にいるナイルズや、マーティン、ブルドッグも同様。ロズとダフネは優雅な夜会服で着飾っている。
フレイジャー:[玄関の扉を開けて客を送り出そうとしている]ご一緒して下さってうれしかったですよ。あなたも楽しんでいただけたと望みます。どんなに楽しかったか言葉に尽くせません。さあ、ここにいらしたからにはもう赤の他人だなんて言わせませんよ。では。おやすみなさい![男性の後ろで扉を閉める]今の人いったい誰?
ナイルズ:局の人じゃないの?
ロズ:見たことないわ。
ダフネ:式の間、頭が変な人みたいにテーブルからテーブルへ走り回ってましたよ。
マーティン:そりゃ彼がウェイターだったからだよ。
フレイジャー:これからは「僕の家に全員集合!」って言うのはよすよ。
ブルドッグ:[シービー賞のトロフィーを掲げながら]誰が気にするもんか? 今夜はすごかった。
ロズ:あんたはそうでしょうよ。私たちはみんな賞を逃したの。
ブルドッグ:何だよ、賞を取ったか逃したかは重要じゃないよ。ただノミネートされただけで名誉な…[吹き出す]ステージでもこのホラを言い通せなかったけど今もできないや!
ロズ:フレイジャー、電話借りていい?
フレイジャー:全然かまわないよ。誰に電話するの? ほとんど真夜中だよ。
ロズ:祖母に、結果を留守電に入れておく約束をしたのよ。[番号を回して電話に向かって話し始める]ばーば、ロズよ。どうだったと思う? また賞を取ったわよ! みんなでお祝いしてるとこ。
ロズは受話器を掲げて、皆がお祝いらしい声を出すように促す。皆、応じるが、出たのは気の乗らない「イェー!」だけで説得力は全くない。
ロズ:じゃあ行かなきゃ。ここはもう収拾つかないけど、明日電話するね。またね。
ナイルズ:「ばーば」に嘘ついたの?
ロズ:もう年だし、そう言っとけばご機嫌なのよ。私がミス・シアトル美人コンテストで優勝したときは祖母は一週間ニコニコしてたもの!
フレイジャー:さて、ロズが非常に興味深い哲学的問題を提出してくれたね…
マーティン:[最悪に備えて]そーら来た。シートベルトを締めろ!
フレイジャー:嘘をつくことは常に道徳的に誤っているのか? 僕らは誤っていると教わった。でも明らかに、嘘が許容できる場合がある。
ブルドッグ:だな、ベッドで女に言う嘘みたいにな。「君みたいに素敵な子に会ったことないよ」、「君の太もも、そんなに太くないじゃん」、「心配するなって、俺、不妊手術受けてるからさ」[ブルドッグは部屋にいる皆が嫌悪の表情をしているのに気づく]何だよお前ら、ちくしょう! 俺はアーティストなんだ、俺たちは別々のルールで生きてるんだ。
ナイルズ:嘘が不必要な痛みから人を救うときには嘘をついてもいいと確かに言える。思い出したんだけど、マリスがレオタード着たとき、僕は請け合ったんだ、「大丈夫、マリス。レオタードはちゃんとダブダブに見えてるよ!」
フレイジャー:このあいだリリスが実際に言ってたんだ、フレデリックが嘘をつくようになったって。それが、友達みんなにリリスがエイリアンだって言ったらしいんだ。[笑う]
マーティン:説明としては何より合ってるようだがな!
フレイジャー:それから、彼女が頭にお団子作ってるのは、頭の後ろについてる第三の目を隠すためだって言ってたんだってさ。[また笑う]
ロズ:どうしてリリスは気づいたの?
フレイジャー:聞いた話では、リリスがフレデリックとトビーを天才小学生会議に車で連れて行ってたときに、バックミラーを見たら、子供らが他の車に変な顔をしてみせてるのに気づいたんだって。それでリリスは「見たわよ〜!」って言ったらしいんだが、かつてない叫び声が響き渡ったって話だよ。あとおもらしもね!
全員が笑う。
ダフネ:私もちょっとだけ嘘ついたお仲間です。昔、学校の友達に、私には腰のところにちっちゃな双子の胎児がくっついてるって言ったことあるんです。[ダフネはケラケラと笑うが、皆は少し動揺している]当たり前ですけどみんな怖がっちゃって、私の交友生活の役には全く立ちませんでした。[ため息]でもちょっとの間ですけど妹がいるってのはいいもんでしたね。
ナイルズは共感して頷いた後、さりげなく巧みにダフネの手からシャンパンを取り上げてフレイジャーに渡すと、フレイジャーも同意して頷く。
ナイルズ:そうだ。プレップスクールでのことを思い出した。あの頃、校長主催の体育試験から逃げるのに必死で…
フレイジャー:…それで、火災報知器の下でマッチを擦ったら、スプリンクラーが全部作動し始めたんだ。
ナイルズ:で、それをあの不良のジョン・ラジェスキのせいにしたんだよね。
フレイジャー:そうそう。
マーティン:[愕然として]お前たち何をしたって?
フレイジャー:どうかした?
マーティン:お前たち二人は誓って何が何でも絶対に警報器を鳴らしてないって言ったよな。
フレイジャー:[笑いながら]そりゃ本当のこと言うわけないよ。
マーティンは怒り出してキッチンに行く。
ナイルズ:どうしたんだ父さん、怒らなくたっていいじゃないか。僕ら、子供だったんだから。
マーティン:[戻ってきて]校長はお前たちがやったと言ったんだ。わしは学校まで行って怒鳴りつけてやった。「俺の息子は嘘をつかない」ってな。お前たちのせいでラジェスキ君とやらは放校になったんだぞ!
フレイジャー:[ショックを受けて]放校? そんなことになるとわかってたら、本当のことを言ったよ。
ナイルズ:[頑固に]僕はごめんだね。彼は乱暴な卑怯者だったもん。
フレイジャー:そうだ。僕にもひどいことして面白がってたよ、体操パンツをいつもシャワーで着てるからってさ。僕のことを「シャワーパンツ男」って呼んでたんだ。気の利いたことを言いたいからってひどいこと言うことないよ。
マーティン:その子がやったことは何てことはないさ。放校に追いやったほうが悪いよ。[怒って]もう寝る。おやすみ、みんな。
皆がおやすみなさいと言い、マーティンは寝室へ去る。
フレイジャー:さてと、ささやかな議論が終わったようだね。どうやらいい嘘はなさそうだ。
ブルドッグ:何だよ何だよ、重苦しい雰囲気になってきちまったじゃねぇか。元気出せよ、ああ? そうだ、俺の知ってるパーティーゲームやろうぜ? いいか先生、目隠しが要るな、それからホイップクリームとガラスのコーヒーテーブルな。[全員戸惑う]何だよ? キャンプに行ったことのある奴はいないのか?
ロズ:[立ち上がりながら]もういいわよ、ブルドッグ。この人たち、つまんないのよ。[通りすがりに彼のお尻を叩く]ねえ? 私、ちょっと飲みに行けそうな遅い営業やってるすごくいい店知ってるの。
ブルドッグ:[ロズについて玄関の扉に急ぐ]いいこと言うじゃねぇか。な、うまく行ったらもっと遅い営業やってる場所も知ってるよ。鍵も持ってるぜ。
ロズ:あーら。じゃエレベーターに乗ってて。私コート取ってくる。
ブルドッグ:よっしゃー。
ブルドッグが急いで外に出ると、ロズはすかさず扉を閉めてしっかりとロックする。
ロズ:いい嘘ってないわよね、おバカさん!
ダフネは笑い、フレイジャーとナイルズはシャンパンで乾杯する。
溶暗


第2場−カフェ・ナヴォーサ


ナイルズが入ってきて、フレイジャーが座っているのを見つける。ナイルズはコートを掛けてから座る。見たところ二人の兄弟は全く同じスーツを着ており、シャツやネクタイに至るまで同じ。
ナイルズ:おはよう、兄さん。
フレイジャー:おっ、おはよう、ナイルズ…[突然ナイルズのスーツに気づく]まいったな—とうとう起こっちまった。お前に僕専属の買物代理人を紹介した返礼がこれか。この種の災難を避けられるように、僕が買った衣料品をいちいち書いておくようにしっかりリナルドに言っておいたのに!
ナイルズ:僕はリナルドに頼んだわけじゃないよ。このスーツは僕が靴を買おうとしていたときに目に飛び込んできたんだ。
ナイルズとフレイジャーは不意に止まっておそるおそる互いの靴を見つめる。二人は、靴も同じものを買っていたことに気づいてよろめく。
ナイルズ:[苛立って]ね、なぜ僕の強い顎とと水泳選手のような体格も取らなかったの?
フレイジャー:もう頼むよ。
ナイルズ:僕ら別々に座らなきゃ明らかにダメだよ。
フレイジャー:座れよ! 話さなきゃいけないことがあるんだ。大抵の人は僕ら二人が気にするほど気にしないさ。
ここでウェイトレスがコーヒーを二つ持って近づいてくる。
ウェイトレス:[フレイジャーに]ダブル・エスプレッソをお持ちしました。[ナイルズに]当てずっぽうですけど同じものをお持ちしました。[去る]
フレイジャー:昨夜の会話の後、俺はジョン・ラジェスキが放校されたって話を考えずにはいれられなかった。一睡もできなかったよ。
ナイルズ:ご冗談?
フレイジャー:お前は気にならないのか? 良心はどこへ行った?
ナイルズ:たぶん学校の中庭に落ちてるんじゃないかな—ジョンが僕を旗竿に吊るしたときに落ちた学級委員のベレー帽と一緒にね! 遅かれ早かれ彼は放校されたよ。僕に罪の意識を持たせて気を悪くさせようったってダメだよ。
フレイジャー:うん、まあ僕ほど彼を嫌っている人間はいないが、それでも彼に謝らなきゃと思うんだ。電話を借りていい、ナイルズ?
ナイルズ:もちろん。[電話を手渡して、不意に気づく]彼に電話しようとしてるんじゃないいよね?
フレイジャー:してる。
ナイルズ:頭おかしくなった?
フレイジャー:[電話に向かって話して]ジョン・ラジェスキの番号をお願いできますか?[ナイルズに向かって話して]ナイルズ、僕ら二人で彼にごめんなさいって謝るまで僕の良心は一刻も休まらないよ。[電話に向かって話して]ああそうです、繋いで下さい。
ナイルズ:僕は外してもらいたいな。悪いと思ってないもん。でも奴には言わないでね。尋ねられたらイタリアに住んでるって言って。いやフランスだ。やっぱりイタリア!
フレイジャー:[電話に向かって話す]もしもし。ジョン・ラジェスキさんはいらっしゃいますか? 昔の友人で…えっ、それはお気の毒に。ありがとうございました。[電話を切る]ナイルズ、思ったよりひどいよ—ジョンは刑務所にいるんだって。
ナイルズ:[すまして]へぇ…じゃ、今パンツを履いてシャワーを浴びているのは誰だ?
フレイジャー:好きに言うさ。僕は全て自分らの責任だと思わずにいられないよ。
ナイルズ:どうやって?
フレイジャー:だってさ、彼はいつも境目にいたんだよ。で、別のプレップスクールに入り損ねてさ。公立に行かなきゃいけなかった。悪い連中と付き合った。仕事は長続きしなかった。そして犯罪の人生に入ってしまった。
ナイルズ:兄さん。彼らは往々にして自業自得なんだよ。僕らが刑務所まで道をつけてやったわけじゃない。
フレイジャー:そうだけどさ、そのことが確信できるまでは気が休まらないんだよ。ジョンと話さなきゃ。[ウェイターに]お勘定お願いしていい?
ナイルズ:[疑わしげに]留置場まで行くつもりじゃないだろうね?
フレイジャー:いや、行くよ。お前も一緒に行こう。
ナイルズ:[いやみで]それはいい考えだね、兄さん。クレイン兄弟がお揃いの服着て刑務所に行くんだ!
溶暗/場面転換

デッドマン・トーキング

第3場−刑務所


フレイジャーは神経質に部屋を歩き回っている。部屋はガランとしていて中央にテーブルと二組の椅子があるだけ。ジョン・ラジェスキが看守に伴われて入ってくる。
[原注:「ジョン・ラジェスキ」は番組プロデューサーのアシスタントの一人の実名。カフェ・ナヴォーサのウェイター役で[3.24] You Can Go Home Againに出演している]
ジョン:フレイジャー・クレインか?
フレイジャー:ジョン。
ジョン:[笑って握手しながら]よぉ。元気かい?
フレイジャー:ああ。君は?
ジョン:まあな…[肩をすくめて手を振って周りを示しながら]一体どうしてここに来たんだ?
フレイジャー:同窓会誌を見ているかどうか知らないけど、僕は精神分析医になって、今、獄中の人たちについての研究をしてるんだ。どうやってここに来たのかとか…[ジョンの拳に気づいて]げんこつの所にひどい青あざがあるじゃないか。
ジョン:[笑う]俺の櫛を使いやがった男を捕まえたのさ。自分の持ち物に触られるのがすげぇいやなんだ。
フレイジャー:なるほどね。僕の弟のナイルズが昔カフェテリアで君の椅子に座ったときのことを思い出したよ。記憶では、君は弟をトレイに乗せて皿洗い機に突っ込んだよね。
ジョン:ああ、クラスのおどけ役が俺さ。[二人で笑う]そういやナイルズはどうしてるんだ?
フレイジャー:あー、えーっと…、彼は今は外国にいるんだ[訳注:abroad]
ジョン:本当か? うぁー、そりゃ痛かっただろうな[訳注: a broadは「女」の卑語。「今は女だ」と聞き違えた]
フレイジャー:いや、そうじゃなくて、えー… そうなんだよ、痛かったと思うよ! さて、それはそうと、君の人生で君がここに来た瞬間とか出来事とかを細かく話してもらえたら僕の研究のすごい助けになるんだが。
ジョン:ああ、簡単なことさ。不渡りを使っちまったのさ。
フレイジャー:ほう。[ノートに書き込み始める]
ジョン:つまりさ、俺は女房に何かいいものを買ってやりたかったんだ。俺ら、最近うまくいってなくてさ。女房が出てっちまうんじゃないかと思って怖くなったのさ、わかる?
フレイジャー:[ホッとして]そうか、さっと終わって苦労いらずだった。君が梁から落ちた地点がはっきりしたよ。[立ち上がって出ようとする]
ジョン:でも実際はな、俺はすでに保護観察中だったんだよ。10年くらい前に自分のものじゃない車を運転したかどで服役してたんだ。
フレイジャー:それが最初の違反だったのかい?
ジョン:ああ。
フレイジャー:[また立ち上がりながら]それじゃ、一件落着、謎は解けた。若者がピカピカの車の魅力に負けたってわけだ。これ以上悲惨なことはあるか?
ジョン:少年犯罪の前科もあるんだ。
フレイジャー:[再び座る]どうやらありそうだ。
ジョン:ハイスクールで喧嘩してな。
フレイジャー:ハイスクールでって言ったね、プレップスクールじゃないのか?
ジョン:ああ、そうそう。お前と俺が知り合った後の話なんだ。そのころ俺ぐれちまってさ。いつも喧嘩ばっかりしてたよ。そりゃ、お前と俺が通ってたいい学校から放り出されなきゃそもそもそこにはいなかったはずさ。すごい影響があったんだぜ、わかるだろうけど?
フレイジャー:ああ、たぶん昔の話にさかのぼって続けてもらえるといいんだけど…
ジョン:[立ち上がりながら]いやいや。つまんねえ濡れ衣なんだ。だれかが火災報知器を引っ張って、それが俺のせいになっちまったんだよ。お前がやったんだろうって言われたんだが、俺はやっちゃいねぇ。
フレイジャー:[見るからに心配顔で]君の子供時代の話をしよう。
ジョン:[怒りのため拳を机に打ちつけながら]考えれば考えるほど、プレップスクールを放り出されたことが何もかもの始まりなんだ。以来俺の人生はクソだ! ク・ソ・だ! [今や激しく怒り狂って机をバンバンと叩く]
フレイジャー:[あわてて自分のノートをかき集めて立ち上がりながら]さて必要な情報は皆もらえた。
ジョン:すまねぇ、こんなに爆発するつもりはなかったんだ。
フレイジャー:いいんだよ、ジョン。[ジョンと握手しながら]お時間ありがとう。
ジョン:暇ならいくらでもあるよ。また会えるよな?
フレイジャー:[ジョンが立ち去ろうとしてドアをノックしている間に神経質げに考えながら]いやいや、ジョン。もう一つだけ、あった。[ジョンを連れ戻そうとして待ち構えている看守に向かって]あとちょっと、お願いします。[ジョンに向かって]君に言わなきゃいけないことがあるんだ、学校時代のことで、あんまり自慢できる話じゃないんだが…
このとき、青アザだらけで首にギプスを巻いた非常な巨漢の囚人が扉の所に現れる。
囚人:よぉジョン。櫛、勝手に借りてごめんな。
ジョン:失せろ。
囚人が逃げ去った後、言うまでもなく、フレイジャーは震え上がった様子。
ジョン:で、何をやったんだ?
フレイジャー:あー…えーっと、実は、…算数のテストのとき、一度肩越しに君の答えを覗いたんだよ。
ジョン:[おどけて]それで俺の方が放校されたってわけか?
ジョンは看守に連れられて去り、フレイジャーは残されてジョンにどうやって知らせを持ちかければいいのか考える。

第1幕了



第2幕


ひと瓶の塗り薬、いくらかのチャンキーモンキーアイス、そして御身

[訳注:ルバイヤートの一節、"A Jug of Wine, a Loaf of Bread, -- and Thou"より]

第1場−フレイジャーのアパート


マーティンが椅子に座っている。ダフネが玄関の扉を開けるとからだを傾げて足を引きずったナイルズがいる。
ダフネ:こんばんは、ドクター・クレイン。
ナイルズ:こんばんは、ダフネ、父さん。
ダフネ:背中、どうかしたんですか?
ナイルズ:今朝スカッシュをやってるときに怪我したんだ。マッチ・ポイントを守ろうとしてダイブしなきゃいけなくて。
ダフネ:それならちょうどいいお薬がありますよ。上着を脱いで下さい、すぐ戻りますから。[化粧室に行く]
ナイルズ:そりゃありがたい。あんな動きをすべきじゃなかったんだな。ピルエットとシザーキックジャンプを足して二で割ったみたいだったんだ。
ダフネはその場にふさわしい感懐を表わして扉を閉める。
マーティン:またメルセデスのシートを調整しようとして怪我したんだろ?
ナイルズ:静かに!
ダフネが何かを入れた小さい容器を持って戻ってくる。
ダフネ:さあ、シャツの裾を引っ張り出してソファにうつ伏せに寝て下さい。すぐ気分がよくなりますから、請け合います。[ナイルズは横たわって満ち足りたような呻き声を出す]まだ触ってもいないのに!
ナイルズ:君なしで始めちゃったよ。
ダフネはナイルズの背中に何かの軟膏を塗り始める。
マーティン:[心配そうに]おい、ちょっと待て。あいつをナイルズに塗ってるだろ? 一度俺も塗られたんだ、猛烈にヒリヒリしたぞ!
ダフネ:もう、シーッ、ガタガタ言わないの。治ったでしょ?
マーティン:殺されかけたぞ!
ダフネ:お偉いタフな警察官がおっしゃること。息子さんは文句一つ言いませんよ、ね、ドクター・クレイン?
ナイルズ:[うっとりして]ぜーんぜん! ケーキの砂糖ごろもみたいに僕にかけちゃって!
マーティン:ふん、すぐわかるさ。最初はひんやりするが、そのうち溶接トーチみたいになるんだ。
ダフネ:ね、家族の本物の男は誰か、今わかりましたね?
ナイルズ:そりゃそう…[すこしひるんで]うぁ!
マーティンはナイルズを見て笑う。
ダフネ:温まり始めましたか?
ナイルズ:[さらにひるみながら]ああ、そりゃもう! 何だか…爽やかな暑さだよね、飛行機でもらうおしぼりみたいに。[明らかに偽った喜び方]うぉおお!
ダフネ:私、痛くしてませんよね?
ナイルズ:いや全く。背中のそこんとこ、ちょっとくすぐったいだけだよ。
彼は枕を噛んで叫びを押さえる。
マーティン:ほぉ、タフな男だな!
ダフネ:[起き上がって]さ、終わりです。
マーティン:おや、まだだ、待てよ、ダフネ—そこの広い部分にまだ塗ってないよ。
ナイルズ:[あわてて立ち上がりながら]いや、大丈夫! もう全部終わったから! ありがとう、ダフネ![苦しみながら]ほんの数分前は痛みで体を折り曲げてたのに、[コーヒーテーブルを乗り越えてキッチンへ急ぐ]見てよ、僕走ってるよ!
ナイルズはまっすぐ冷蔵庫に向かい、冷凍グリーンピースの袋を見つけてシャツの背中に押し込み、続いてアイスクリームのカップを突っ込む。向き直って必死で背中を冷蔵庫に擦り付ける。場面は居間に戻り、ダフネがマーティンに話している。
ダフネ:そういえば腰はいかがです?
マーティン:ひっこんでろ、この魔女め!
玄関の扉が開いてフレイジャーが入ってくる。
ダフネ:お帰りなさい、ドクター・クレイン。
フレイジャー:ただいま、ダフネ。
マーティン:刑務所はどうだった?
フレイジャー:ひどいもんだ! 奴はプレップスクールを放り出されたのが犯罪生活の始めだと確信してたよ。
マーティン:ずっとそのことばかり考えていたとでも?
フレイジャー:[鬱々として]そうじゃないけど。いわば僕が奴のために点と点を結んでやったんだな!
マーティン:お前がやったって言ったのか?
フレイジャー:そのつもりだったんだけど、あいつは関係者、あるいは関係者たちに、口にするのも恐ろしいような凶行を働くつもりだと確信してさ。
マーティン:ま、お前は正しい判断をしたと思うよ。お前のことはわかってるから言うが、彼にはどうやっても与えられないような打撃を自分に与えたんだ。
ナイルズ:[キッチンから現われて]僕が国外離脱したって言ってくれたと思うけど。
フレイジャー:お前が何かを離脱したとは言っといたよ。[ナイルズはキョトンとしている。]いやー、本当に気がとがめるよ。奴にひどい不正を働いちまった。
ダフネ:でも、ドクター・クレイン、いつも思うんですが、人生は自然にとんとんになるようにできてますよ。だって、ドクターはその方を不当に扱ったかもしれませんが、番組で助けた人たちみんなのことを考えてごらんなさい。つい昨日だって、離婚の危機に瀕していた夫婦を仲直りさせたし、今日は、タコマからかけてきたモリーがスウェーデン人中毒から立ち直るのを助けたじゃないですか。
マーティンとナイルズは二人ともやっていることをやめてキョトンとして目を上げる。
フレイジャー:あれはスイーツなの、スウェーデン人じゃないの!
ダフネ:変だなーとは思ってたんです、ドクターが食後一つ二つでやめときなさいって言ったんで。
フレイジャー:僕の良心が過剰反応しているだけなのかもしれないけど。他の人を助けただけじゃ十分じゃないんだ、本人を助けたいんだ。
ナイルズ:そうしてもらいたいね、兄さん、そしたら僕ら皆を悩ませるのをやっとやめてくれるだろうからさ。兄さんのせいで…[体を折り曲げて、突然苦しみで叫ぶ]イテッ、また痛くなった!
マーティン:心配するな。ダフネがもっと薬を塗ってくれるよ。
ナイルズ:[苦しみながらもやにわに立ち上がって]あっ、痛みがなくなった!
ダフネ:何言ってんですか。勇気を出して。[ナイルズを引きずって行きながら]トイレに行きましょう、もう一度塗りますから。
ナイルズはダフネの手からの救いを求めて最後の足掻きで必死に手を伸ばすが、マーティンは笑うばかりで、そのまま化粧室に引きずり込まれる。
フレイジャー:ねえ、父さん、ダフネの言葉で考えてみたよ。僕は夫婦間の熟練セラピストだ。ジョンは夫婦の問題を抱えてるって言ってた…
マーティン:ああ、全く!
フレイジャー:[電話の方に向かいながら]いやいや、父さん。完璧だよ、完璧。僕は奴の25年を台無しにしたかもしれないけど、僕の贈りものでこれからの25年を救えるかもしれない。
[電話に向かって話す]もしもし、ジョン・ラジェスキの番号をお願いします。
マーティン:言っとくけどな、フレイジャー、この男には関わるな。悪人だぞ。
フレイジャー:父さん、気楽に考えて、頼むよ—僕は自分がやってることをわかってるよ。[電話に向かって話す]ラジェスキさんの奥さんでいらっしゃいますか? 私のことご存知ないと思いますが、私は…
二度めの薬が塗られたらしく、鋭い叫び声が浴室から聞こえる。
フレイジャー:えっ—そうですか、驚きました。ええ、おっしゃる通り、ご主人の友人です!
溶暗/場面転換

第2場−スーザン・ラジェスキのアパート


フレイジャーが扉をノックするとスーザンが開ける。
フレイジャー:ラジェスキさんの奥さんですか?
スーザン:まあ、本物だわ—フレイジャー・クレインさん!
フレイジャー:入っても?
スーザン:あら、ごめんなさい。どうぞどうぞ、お入り下さい。[フレイジャーは入る]あなたのお仕事ぶりはまるで神様みたいな感じ。[フレイジャーは少し謙遜の様子]どうぞどうぞ、お座り下さい。
フレイジャー:[座りながら]ありがとうございます。早速ですが用件に入らせて下さい。ジョンが私に語ったところでは、お二方は少し難しい時期にあるとか、で私は何かお役に立てないかと思ったんです。
スーザン:そうですね、私はジョンを愛しています、本当に。でも一つ問題があって。ちょっと話しにくいことなんです、おわかりかしら? つまり、ちょっと恥ずかしいと言うか—特に面と向かってではね。
フレイジャー:ああ、ではラジオの番組をやってるみたいにしましょう、[スーザンに背を向ける]さあこれであなたはただの電話のかけ手です。
スーザン:結構です。それがドクター・クレイン、セックスの問題なんです。
フレイジャー:ええ。
スーザン:私、何か状況がすっかり危なくなるようなことがないと心からその気になれないんです。
フレイジャー:[振り向いて]危なくなる?
スーザン:私を見てるわ。
フレイジャー:[元に戻って]すみません。
スーザン:車の中でするとか。
フレイジャー:えーっと、それはそれほど危なくないですよね。
スーザン:きっと運転がうまいのね。
フレイジャー:[気づいて]あっそうか。で今まで事故を起こしたことはないんですか?
スーザン:いいえ、だってピル飲んでますもの!
フレイジャー:[背を向けたまま]なるほど、で、いつ頃からその、特別な性癖があるんですか?
スーザン:[立ち上がって自分の服のボタンをもてあそび始める]そうねぇ、よくはわかりませんけど。初めてジョンに会った頃からって感じ。私、コンビニで働いてたんです、それで彼を万引きで捕まえて。で次に気づいたときには二人でジュースサーバーの機械の周りを転がり回ってたわ。でも私、無音警報器をもう押してたんで、警察がこちらに向かってることはわかってたの…
彼女は服を引き剥がしてセクシーな黒い下着姿になる。フレイジャーはまだソファに座って背を向けているので気づかない。
スーザン:そのとき、私を本当にその気にさせるものがわかったの—いつ捕まってもおかしくないと知ってるってこと。[フレイジャーの膝に飛び乗る]
フレイジャー:[ゾッとして]うわっ、何てことを! 彼は出所したんでしょ?
スーザン:いつ入ってきてもおかしくないわ。
フレイジャー:僕らは殺される!
スーザン:[喜びで身悶えしながら]あーん、ここに触ってそれ言って。
フレイジャー:[スーザンがなおもすがってくるのから必死で身を離しながら]頭おかしいんじゃないですか?! ジョンは自分の櫛にも触らせないのに!
スーザン:知ってるわ。それがどうしたって言うのよ?
フレイジャー:[後ずさりながら]服を着られた方がいいですよ、彼が戻る前に身なりを整えて。
フレイジャーが玄関の扉に向かおうとすると、向こう側からガチャガチャと音がする。ジョンが戻ってきた。
ジョン:開けてくれ。
フレイジャー:[恐慌を来たして]もうできることは一つしかない—服を着て。寝室はどこですか?
スーザン:あなたがいる所よ。
フレイジャー:いいですか、彼をここから連れ出さなきゃいけません。
スーザン:[興奮して]それでいつあなたが見つかってもおかしくないことをわかってて彼とセックスするチャンスを逃せって言うの?
彼女は満面に笑みを浮かべて玄関の扉に向かう。その間にフレイジャーはソファの陰に隠れる。スーザンが扉を開けてジョンを入れる。
スーザン:[ジョンを抱きしめながら]お帰りなさい、あなた!
ジョン:[スーザンを抱き返して、下着姿に気づく]何してるんだ?
スーザン:あーら、あなたのこと、待ち構えてたのよ。さびしかったわぁ。で、したいでしょ?
ジョン:そりゃそうだが、あー…普通にって意味だろ。サツが飛び込んできやしないよな? 110番とかそういうことしてないだろうな?
スーザン:私に必要なものは全てこの部屋にあるわ。
ソファの陰でフレイジャーは目をむく。
ジョン:[スーザンにキスしながら]ブラインドだけ下げさせてくれよ。[ソファの隣にあるブラインドに向かう]
スーザン:待って、待って!
ジョンはソファの後ろに来ると突然止まって見下ろす。
ジョン:[怒って]一体これは何だ?!
スーザンは捕まったかと思いきや、彼はかがんでハイヒールを拾い上げる。
ジョン:この靴にいくら使った?
スーザン:あーん、ジョニー、その話は後にしない?
ジョン:[スーザンを抱きしめて]灯りを消さないか?
スーザンは照明を消す。不運なことに月明かりが開いた窓から差し込んで、障子風の衝立の後ろに隠れたフレイジャーのシルエットが浮かび上がり、ジョンの背後にはっきりと見える。スーザンはあわてて照明をまたつける。
スーザン:暗すぎるわ。あなたを見たいの。
ジョン:好きにするさ。いい感じになってきたな。一晩中お前を抱いてやるよ。
フレイジャーは依然として隠れながら、あきらめて両手を上げる。
ジョン:でも先に、お前にびっくりプレゼントがあるんだ。ムショにいる間にお前に詩を書いたんだよ。[一枚の紙を取り出して読み始める]「俺は庭だ、乾いて枯れている。お前は降り注ぐ雨だ、スーザン。俺は物乞いだ、食べなきゃいけない。お前は厚い肉の入ったサンドイッチだ、スーザン。」
ここまで聞くとフレイジャーはもうおなかいっぱい、そして子供時代を再現して、ライターを煙感知器に近づける。当然ながらそれでスプリンクラーのスイッチが入り、ジョンとスーザンはほとんどびしょ濡れになる。
ジョン:大変だ。お前、やっぱり何か企んでたな—建物に火つけたんだろ!
スーザン:まさか、絶対そんなことしないわ。
ジョン:来い、ここから出よう。
スーザン:ああ、でも消防士が—消防士がこっちに向かってるわ。
ジョン:いいから来い!
ジョンはスーザンを捕まえて、すでに水浸しになった部屋から引きずり出す。すっかりびしょ濡れになったフレイジャーが隠れ場所から現われるが満足そうな様子。ソファに置き去りにされた詩を拾い上げて一瞥をくれるが、うんざりした顔で放り出す。玄関先を確認して出て行く。

第2幕了


エンドロール

エディがフレイジャーのアパートのソファにおり、ナイルズはコーヒーテーブルに雑誌を置きに行こうとする。不運なことにかがむとまたナイルズは動けなくなってしまい、痛んでいる様子。エディは見上げる。ダフネが寝室から出てきてナイルズが難儀しているのを見る。ダフネは救助に駆けつけるが、ナイルズはもう二度とあの焼けつく処置を受けるつもりはなく、本当はエディをなでようとしてかがんでいるのだというふりをする。いい加減、偽装と作り笑いを続けて、やっとダフネは信用して寝室に戻る。ナイルズはダフネが去るのを待ってから、苦しみながら玄関の扉まで何とか辿り着き、できるだけ急いで外に出る。