Top > Season 4 > Episode 8

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[4.8] Our Father Whose Art Ain't Heaven

[4.8] 我らの父よ、その芸術趣味はよくない

[訳注:主の祈り Our Father, which art in heavenより]

第1幕


第1場−フレイジャーのアパート


エディがマーティンの椅子で寝ている。フレイジャーと、ナイルズ、マーティンが玄関の扉から入ってくる。ナイルズは電話の所に行ってメッセージを確かめる。
マーティン:だって、それでいいって言っただろうが。わしが見たい映画にみんなで行った、だから切符は俺が払うつもりだったんだ。
フレイジャー:よくわかった、父さん。次回、ジャン=クロード・ヴァン・ダムの映画を見に行くときには、切符だけじゃなくて僕を映画館に引きずっていく野生の馬の料金も払ってもらいたいね!
マーティン:わしが腹を立てているのは、それでいいって言ってたくせに、ってことだよ。男は自分が言ったことを全うするもんだ、あの映画から何も学ばなかったのか?
フレイジャー:学んだよ、銃弾ってのは本当に高い所までキックする人には役に立たないってね!
マーティン:なあ、わしは本気なんだよ。たまには払いたいんだ。
フレイジャー:わかった。
マーティン:いいな、じゃあ次回はどこに行くにしても俺が払う。認めるな?
フレイジャー:わかった、父さん、卑劣な偽法王をやっつけるためにジェット推進装置を着けてバチカンに乗り込んだときにヴァン・ダム氏が見せた繊細さにかけてね!
マーティン:ちゃんと見てたようだな!
マーティンはキッチンに出ていく。フレイジャーはシェリーを2杯注ぐ。
ナイルズ:ああ、マリスがやっと折り返してくれた。これまでに僕が入れたメッセージは20を下らないんだよ!
フレイジャー:正直、ナイルズ、あんまり何度も電話すると彼女をつけあがらせるばかりだよ。強い立場にいた方がずっといいって!
ナイルズ:シャツにシェリーを注がない方がいいよ、汚れるから。
フレイジャー:[キョトンとして]何?!
ナイルズ:ごめん、どこからどう見ても明らかな忠告を互いに与えていた午後のひとときだと思ったの![]マリスに電話しなきゃ! 僕がカントリー・クラブの友達を招こうと思ってるパーティーのことは知ってるよね。
フレイジャー:ああ。僕は招待されてないけど僕のウォーターフォードのグラス・パンチボウルが招待されているヤツね!
ナイルズ:うん、それが…全く同じ晩にマリスが自分のパーティーを開くことになったんだよ。
フレイジャー:延期してもらうように頼めないの?
ナイルズ:言ってみたさ。でもマリスは、自分の肖像を氷で作ってもらうために、もうスウェーデン出身の彫刻家の所に飛んでってるんだ。
フレイジャー:へぇ、主題と素材の完璧な融合だね!
ナイルズ:ね、僕の問題がわかるだろ。僕らはどの友達がどっちのパーティーに行くかで争うことになっちゃったんだ。
フレイジャー:ねえナイルズ、和解を今でも望んでる別れたカップルにしちゃ、お前のやってることは…
ナイルズ:[遮って]その上着にそのネクタイをしちゃダメだよ。
フレイジャー:いやわかった。求めてもいない批評を僕が加えたって言いたいんだね?
ナイルズ:それもあるけどね!
ダフネが大きい買いもの袋を下げて入ってくる。
ダフネ:ただいま。
二人:おかえり、ダフネ。
ダフネ:[ナイルズに]ドクター・クレイン—夕食ご一緒にいかがですか?
ナイルズ:ありがたい。そうさせてもらうよ。
ダフネ:じゃ、ドクター・クレインにもおごります。ムーンおばあちゃんの評判の「羊頭のシチュー」を作ることにしたんです。[皆の心配そうな表情を見て]あっ、心配しないで下さい。その名前はちょっと紛らわしいんです。スープっていうよりもっと実のある料理なんですよ!
マーティン:本当に羊の頭を使うのか?
ダフネ:そりゃそうですよ。[買いもの袋を掲げて]ほらここに。
フレイジャー:[突然飛び上がって]マズい!—たった今思い出した。今晩ル・シガー・ヴォランテに予約取ってたんだったよ!
ナイルズ:そうだ、そのとおりだ。
マーティン:[やはり自分の椅子から飛び上がって]何てこった、今夜だったか、忘れるとこだったよ。
ダフネ:ミスター・クレインもいらっしゃるんですか?
マーティン:ああ、この子らと約束してたんでな。[上着を取りに行きながら]お前たちもわしを抜きにするつもりじゃないんだろ?[皆からの異議申し立てをマーティンは嬉しそうに受ける]よっしゃ、やってみるか!
ダフネ:じゃあ、楽しんで下さい。私もお休みにして頭をオーブンに突っ込んでます[訳注:自殺する、の意]
男連中は笑いながら、できるだけ急いでアパートから出ようとする。皆が出てしまったらすぐダフネは受話器を上げる。
ダフネ:もしもし、マーシャル? 皆を追っ払ったわ。ワインを持ってきて、私、ステーキを焼くから。
[原注:マーシャルはジェーン・リーブスの実生活での夫の名前。]
溶暗

ル・シガーはただのル・シガーに過ぎないときもある

[訳注:フロイトの引用=Sometimes a cigar is just a cigar]

第2場−ル・シガー・ヴォランテ


男連中が現われて、超満員のレストランに迎え入られる。
フレイジャー:まいったな、混んでるぞ。幸運を祈ってよう。[レストランの向こう側を見て]フランソワ!
店長のフランソワが急いで来る。
フランソワ:ドクター・クレイン。ボンソワール。[フレイジャーの両頰にキス]
フレイジャー:ボンソワール。
フランソワ:ドクター・クレイン。ボンソワール。[ナイルズの両頰にキス]
ナイルズ:ボンソワール。
フレイジャー:[紹介して]こちらは父のマーティン・クレイン。
フランソワ:[マーティンにキスしようとして]おお、ムッシュー・クレイン。
マーティン:[フランソワの手をすかさずつかんで握手]初めまして。
フランソワ:アンシャンテ(初めまして)!
フレイジャー:フランソワ、今夜何とか席をお願いできないかな。予約してないんだけど。
フランソワ:おやおや、ドクター・クレイン。考えてみましょう。
フレイジャー:ありがとう、頼むよ。どこでもいいんだ、よろしく。考えてみると、シェフのワキムが小指の接合手術をして以来ここに来てなかったよ。
フランソワ:とすると私どもの新しい芸術作品をご覧になるのは初めてですね。この画家は私自身が発見したのです。コルドバという名です!
フランソワは店に点在する幾つもの油絵を指す。よく言ってゾッとするような色彩の葬送歌といったところ。最も近くにあるのが、マタドールと、牛、そしておびただしい血と内臓の絵。フレイジャーとナイルズは明らかに賛意を送るようなふりをしている。
フレイジャー:すばらしい!
ナイルズ:ぼーっとしちゃう!
フレイジャー:やあ、これほど大胆な色づかいを見たことがないね。いつもながら、君の趣味はここのの料理と同じくらい見事だね。[予約表を指して]何とかなりそう?
フランソワ:あなた様のためでしたら。ドクター・デュバンがワイン持ち込みですって。冗談じゃない![名前を消す]こちらでございます。
フレイジャー:メルシー・ビアン!
フランソワ:[一行を席に案内して]お席はこちらです。
マーティン:先に行っててくれ。わしゃ「おトイレット」にちょっと用足しに言ってくるよ!
フランソワ:[メニューを渡しながら]メニューでございます! ワイン・リストをお持ちします。
フランソワはナイルズとフレイジャーをテーブルに着かせて去る。
フレイジャー:ワイン・リスト? 目隠しを持ってこいっての。この作品群、一体やつは何を考えてるのかね? ひどいもんだ!
ナイルズ:[ふざけて]誰だっけ、レストランのアートは美術館の食事と同じレベルって言ったの?
フレイジャー:ささやかな罪のない嘘のおかげでいい席に着ける。シェフ・ワキムのロブスターのコンフィがかかってるなら僕はエルヴィスの黒ベルベット絵だってもちろん褒めるね!
ナイルズ:[レストランの向こうの席に気づいて]フレイジャー、ウィンチェット・クックがいる。彼女はマリスと僕がパーティーに呼ぼうと争ってる客の一人なんだ。彼女を口説いてくる。
フレイジャー:もう、ナイルズ。単にパーティーの日程を変更したらどうなんだい?
ナイルズ:マリスを満足させたくないんだよ。もう十分長い間小突き回されたんだから。
フレイジャー:わかったよ。
ナイルズ:隠喩だけどね、もちろん。実際は彼女はほとんど全く押す力ないから。去年の春なんて、彼女、午後じゅう、バーグドルフ[訳注:ニューヨークの高級デパート]の回転ドアに閉じ込められてたんだよ!
ナイルズは立って目当ての席に向かう。その間に、マーティンがフレイジャーの席に戻ってくる。
マーティン:お気に召すものが何かあるといいな、今晩はわしがおごるから。
フレイジャー:どういうこと、父さん?
マーティン:それでいいって言っただろう。次に一緒に出かけるときはわしのおごりだって。
フレイジャー:うん父さん、でも僕がそう言ったとき言いたかったのは…
マーティン:ケッ! 話し合いはしない。
フレイジャー:うん、でも父さん、問題はここ…
マーティン:ケッ! 約束したぞ。
フレイジャー:僕はただ…
マーティン:ケッ!
フレイジャー:[苛立って]わかった、わかりました、父さんのおごりね。
マーティン:[満足して]よし。じゃ、何も気にするな、食べたいもの何でも頼んで…[マーティンはメニューを見て絶望におののいた表情に変わる。その間に、フランソワがワイン・リストを持って戻ってくる]これ一人前の値段?
フランソワ:[フレイジャーにワイン・リストを渡しながら]ワイン・リストです。
フレイジャー:[状況に気づいて]ありがとう。ごめん、フランソワ、今晩はワインは飲まないことにするよ。[ワイン・リストを返す]
フランソワ:では私も勤務後にビッグ・マックを買いに行きます!
フレイジャー:いや、本当に真面目に言ってるんだ。弟と僕は今晩はカロリー摂取に気を使いたくてね—軽めに済ませるよ。
フランソワ:仰せのとおりに、ドクター。
フランソワはまた去る。残されたマーティンは非常に不満げ。
マーティン:[怒って]お前がやったことはわかってるぞ。わしはバカじゃない。
フレイジャー:何の話?
マーティン:軽めに済ませるだ? ここに来る間じゅうずっと、缶切りの音が聞こえたときのエディと同じ顔してたくせに!
フレイジャー:ね、父さん—単に、父さんが払ってくれるときに高いもの注文するのは居心地が悪いだけなんだよ。
マーティン:それが何だ? お前たちはこんな店に始終俺を連れてきてるじゃないか。
フレイジャー:僕は払えるんだもん![マーティンの傷ついた表情を見て]ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。父さんの気持ちはわかってるよ。
マーティン:わかっちゃいないね。お前たちはいつもわしの分も払って、俺にはお前たちの分を払わせてくれん。どうにもやりきれんな。わかったよ、お大尽—お前が払え!
フレイジャー:父さん!
ナイルズがレストランの反対側から戻ってくる。
ナイルズ:いい知らせ、ウィンチェットが僕のパーティーに来てくれることになったよ。悪い知らせ、僕お財布置いてきちゃった。フレイジャー、ここはよろしくね。
フレイジャー:実のところ、今晩の食事は父さんのおごりだ。
マーティン:いや、お前のせいで台無しだ。俺は払わん。
フレイジャー:僕も払わないよ。
ナイルズ:でも僕は払えないよ!
この知らせを聞いてフランソワがそそくさとテーブルに寄ってくる。
フランソワ:ではハッピーセット3人前お持ち帰りでよろしいですか?
溶暗/場面転換

第2場−フレイジャーのアパート


ダフネは居間に一人でいて電話で話している。
ダフネ:いいえ、彼はちっとも疑ってないわよ。ええ、私も楽しかったわ。え、続けて、マーシャル—また言ってみて。[少しの間の後、一人でクスクス笑いながら]ね、昨夜あなたがドナルド・ダックみたいに言ったやり方で今言ってみて。[また少しの間があるが、今回はダフネは無表情のまま]うーん、おかしかったのはワイン飲んでたせいみたい。[玄関の扉で鍵の開く音がして、ダフネは急いで立ち上がる]帰ってきた、わかった、今晩ね。じゃあ。
そのタイミングで玄関の扉が開いてフレイジャーとナイルズが入ってくる。
二人:ただいま。
ダフネ:お帰りなさい。
フレイジャー:今晩も何か英国風のごちそうをふるまってくれるの?
ダフネ:ええ、本当のところ、そのとおりです。お肉屋さんがいい胃袋を何個か分けてくれたので、ハギスを作ってみようかと思ってるんで。
ダフネはキッチンに向かい、残されたナイルズは吐きそうになっているように見える。
フレイジャー:ハンニバル・レクター教授でもあの子の料理を吐かずにいられないぜ!
ナイルズの携帯電話が鳴り、ナイルズが出る。
ナイルズ:もしもし? あ、ウィンチェット—パーティーでお会いできるのを楽しみにしてますよ。[]えっ、何て大変な。お気の毒に。いやいや、もちろんわかりますよ。お元気になることが大事ですから。お電話ありがとう…[電話を切る]…嘘つきの二枚舌ばばあめ!
フレイジャー:本当に病気じゃないの?
ナイルズ:まずないね。マリスが僕が固めといたお客をみんなおびき出してるんだ。突然事件がおきた、身内に不幸があった。災難の嵐が社交界を席巻してるんだ、そのスピードといったらフランス革命以来!
マーティンが寝室から出てくる。
マーティン:よかった、帰ってきたか。聞いてくれ。昨夜のレストランでのことさ—本当に俺が悪かったよ。
フレイジャー:いやいや、そんな父さん。僕の方こそ。もっと紳士的にすべきだった。
マーティン:いや、悪いのは俺だ。過剰反応だったよ。ただお前たちに何かいいことをしてやりたかっただけなんだ。年を取るほど子供に何かしてやることがなかなかできなくなってくるんでね。
フレイジャー:わかった。よし、じゃあ次から3回夕食をご馳走してね。
マーティン:[ワクワクして]いやいや。もっといいことを思いついたんだ。お前が喜ぶことをようやく見つけた。[寝室に戻っていく]ちょっと待っててくれ。すごいんだから。
フレイジャー:ああ、—あんなに父さんがワクワクしてるのは、オール・イン・ワンのリモコンを手に入れたとき以来だよ!
マーティンが戻ってくる。持っているのはおそらく史上最悪のプレゼント。マタドール、牛、血、内臓、胸郭を突き抜けた槍、等々が完備したル・シガー・ヴォランテにあった油絵。マーティンは大喜びだが、言うまでもなくフレイジャーとナイルズは二人ともおののきつつ、強がって平静を装っている。
マーティン:コルドバだ。
ナイルズ:オレー!
マーティン:昨夜お前たちはこの油絵を褒めちぎってたろ。それでわしは今朝レストランに行ってどこで絵を買ったか聞いたんだ、そしたら運のいいことにセールだったんだよ。
フレイジャー:[言葉を探そうとして]父さん、これはまた実に、実に…
マーティン:高かったさ! ああ、ああ、でもその価値はある。お前たちはこの絵がわしをどんなにいい気持ちにしてくれているかわからんだろ。わしが死んだ後もこの絵はここにあるんだよ。
フレイジャーの表情はさらに曇る。その間に、ダフネがキッチンから戻ってくる。
マーティン:よお、ダフ、来てごらん。この絵を見てくれ。
ダフネ:まあ、すごく感動しました、ミスター・クレイン。いつの間にこんなことをなさったんですか?
マーティン:ま、俺でも描けそうな絵かな。な、考えたんだが、この暖炉の上に置くってのはどうだ。
フレイジャー:あっ、そうだ、暖炉ね。僕も最初に考えたのはそこだったよ!

第1幕了



第2幕


第1場-KACL


フレイジャーはかけ手からの電話に出ており、ロズはブースで見ている。
グレッグ:[声のみ]…で最近、慢性的な変動型の気分障害があって、おそらく循環気質障害の兆候を示してるみたいなんです。つまり、軽躁の症状があるんですが失語及び失行の瞬間も見られ、それでひたすら歯を抜きたくなっちゃうんです、ドクター・クレイン。どう思われます?
フレイジャー:うーん、グレッグ、可能性のある診断を二つ思いつきますね。重大な精神的疾患で直ちに施設収容の必要があるか、あるいは心理学科の一年生かのいずれかでしょう!
グレッグ:ええ、僕、ワシントン大学です。
フレイジャー:そうですか、学生が、自分が教わってる症状を示しているように感じるのは珍しいことじゃありません。そのうち治りますよ。
グレッグ:治るまでどうしたらいいんですか?
フレイジャー:そうですね、とにかく気を楽にしてるのがいいですよ。ただ、春休みが終わるまでは男性の性機能障害についての本を読むのは待っておいた方がいいかもしれませんね。
[ロズが番組の終わりのサイン]では今日はここまでにしましょう。ドクター・フレイジャー・クレインでした、KACL 780。
フレイジャーが放送終了の合図をして、ロズがスタジオに入ってくる。
ロズ:お疲れさま。
フレイジャー:ありがとう、ロズ。ね、ロズ、仕事の後、用がなければ、そうだな、ちょっと飲みに行ったりしない? 映画でもいいし? 君の好きなのでいいよ、おごるから?
ロズ:[微笑んで]好きなだけ外出しててもいいけど、結局家に帰らなきゃいけないし、帰ったら油絵は相変わらずあるわよ![フレイジャーはぐうの音も出ない]お父さんに言わなきゃダメよ。
フレイジャー:言えないよ、ロズ。あれをくれたときの親父の顔、見てないだろ。
ロズ:フレイジャー、私のカバの陶器コレクションの話、したことあった?
フレイジャー:ああ、何度も。
ロズ:いいから! 黙って聞いて! ある年のクリスマスに、祖母が陶器のカバを送ってきたの…
フレイジャー:[さえぎって]ロズ、カバは、狂ったように暴れる牛を殺そうとしている凶暴な闘牛士ほど不愉快じゃないと思うよ!
ロズ:牛が中折れ帽をかぶって桟橋から釣り糸を垂らしてても?
フレイジャー:続けて。
ロズ:どんなに気に入ったか祖母に言ったのが間違いだったの。つまり水門を開けちゃったのね。アイススケートをするカバ、フラフープをするカバ。地震が起きてやれやれよ。
フレイジャー:えっ、割れちゃったってこと?
ロズ:そうね、たぶんゴミシューターの底にぶつかったときにね。でも地震のせいにしちゃったの、言いたいのは、お父様にはすぐ正直に話す必要があるってこと、さもないと次の天災までずっとつきまとわれるわよ。
フレイジャー:君の言うとおりだ、ロズ。今日の午後にでも言わなきゃな。[スタジオを出ようとするが、振り向いて考え込んだ顔で]ね、ロズ—3年前のクリスマスに僕があげたクリスタルガラスの花瓶、…えーっと…君、地震で割れちゃったって言ってたよね?
ロズ:いえいえ、あれは本当よ。私、すごくがっかりしちゃったわ。私がクリスマスにあげたセーターをエディが食いちぎっちゃったときにあなたががっかりしてたのと同じくらい!
フレイジャー:[わかったように見交わす]今年は—お酒にしよっか?
ロズ:決まり!
溶暗/場面転換

我らの父よ、その芸術趣味はよくない

第2場-フレイジャーのアパート


フレイジャーが入ってきて、父親が椅子に座っているのを見る。油絵は暖炉の上の最高の位置に依然鎮座している。
フレイジャー:やあ、父さん。
マーティン:お帰り、フレッズ。
フレイジャー:ね、父さん、僕、ちょっとトランクルームに行って箱をいくつか片付けてたんだ、それで見つけたの、何だと思う?—僕が去年のクリスマスにあげたルーム・ウェア。
マーティン:あの光沢のあるの?
フレイジャー:光沢じゃないよ、父さん。絹だよ! あれについては僕は本当にヘマしちゃったみたいだね? 人に物を買ってあげるのは—すごく難しいときがあるよね?
マーティン:ああ。[自分のそばの皿を指して]おい、パストラミ食うか? 冷蔵庫にまだあるぞ。
フレイジャー:いやいや、父さん。パストラミはどうでもいいんだ。面白いと思わない? 父さんが何かすごく好きなものがあっても僕は好きじゃなかったりするって?[油絵を盗み見る]好みは人それぞれだよねぇ?
マーティン:ああ、それも一つの見方だな。パストラミを好きな人間もいる、俺みたいにな。嫌いな人間もいる。バカなヤツらだけどな!
玄関の扉をノックするのが聞こえて、フレイジャーは応える。ナイルズだった。
ナイルズ:こんにちは。
フレイジャー:こんにちは、ナイルズ。
マーティン:やあ、ナイルズ。
ナイルズ:父さん。フレイジャー、パーティー用のパンチボウルをもらいに来たんだ。今の時点ではスープボウルで十分みたいだけど。[油絵の傍を通り過ぎて身震いする]マリスのおかげで確かなお客さんが3人になっちゃった。
フレイジャー:3人? 昨日は12人だったじゃないか?
ナイルズ:マリスが、僕がカラオケ・マシーンを用意するってひどい噂を流したんだ!
フレイジャー:なあ、マリスのこんな悪意に満ちた仕打ちは完全に常軌を逸してるよ。彼女にこんなことを続けさせたくなければ、本当に彼女に電話して対決しなきゃ。
ナイルズ:全くそのとおりだ。牛と闘うために角をつかむときがやってきた。[ダイヤルしながら自分の言ったことに気づいてまたこっそり油絵を見る]ごめん![マリスにつながる]マリス。ナイルズだ。勝ち誇った気分かもしれないけど、君のやってることは自分を狭量で無作法に見せてるんだよ。はっきり言って、君の下にいるのは、僕のパーティーを放棄して君のパーティーに出るような気まぐれなゾウリムシだけだよ。[フレイジャーが、行け行けと彼を励ます]あ、そう。わかった。いいよ。よし。じゃ8時ね—何か持って行こうか?
フレイジャーはうんざりして下を向く。ナイルズも情けないような様子で電話を切る。
フレイジャー:そのシャツの糊があってよかったな、さもなきゃお前をまっすぐに立たせておけないよ!
フレイジャーがパンチボウルを片付けにキッチンに出ていくと、マーティンがワインラックのように見える物を持って寝室から現われる。ただそれは全面から葉や木の枝が飛び出していて、油絵と同じくちょっと悪趣味なもの。
マーティン:おい、ナイルズ。見ろ。[ワインラックを渡す]
ナイルズ:え、何?
マーティン:ワインラックだよ。
ナイルズ:[戸惑って]本当?
マーティン:ああ。フレイジャーには何かやったのにお前には何もなかったから気になってたんだ。で激安ショップで見つけたんだ。
このときまでにフレイジャーはキッチンから出てきて、微笑みながら成り行きを見守っている-。
ナイルズ:お気遣いありがとう、父さん、でも僕のアパートのインテリアスタイルとはあまり合わないな。
マーティン:[平静に]あ、そうか、わかった。問題なし。返品してくるよ。ビール欲しいヤツはいるか?
ナイルズ:僕はいらない。
フレイジャー:僕も結構、父さん。
マーティンはキッチンに消える。フレイジャーはたった今起こったことに思いを巡らして、自分の考えていることを言いさえすれば、事はどんなに簡単かということに明らかに気づく。
ナイルズ:フレイジャー、パンチボウルはもういらないや、でもドライヤー借りてもいい?
フレイジャー:いいけど。何で?
ナイルズ:スヴェンがマリスの氷の彫刻を仕上げたんだけど、マリスはちょっと太って見える気がするらしいんだ。
ナイルズはフレイジャーの寝室に向かう。フレイジャーはマーティンにはっきりと話す決心をして、キッチンへ向かう。
フレイジャー:父さん? ナイルズが父さんの気持ちを傷つけてないのは確か?
マーティン:いやいや。言ってくれてよかったよ。好きでもない物をやりたくはないからな。
フレイジャー:賢明だね。父子が互いに正直なのは大事だよね。それが敬意を表わすんだ。僕、考えてたんだが、父さん、あの絵ね。芸術ってのはどこまでも個人的なものだろ? ある人間が好きなものが他の人間にはそうでないことてあるよね? どっちかが正しくてどっちかが間違ってるってことじゃなくてさ。
マーティン:あの絵が気に入らないって言ってるのか?
フレイジャー:うーん、気に入らないわけじゃないんだ。ただ大好きにはなれないんだ。僕らしくないんだ。
マーティン:いいよ別に—好きじゃないなら、返してくるよ。
マーティンは冷蔵庫の方を向いて何かを取り出している。フレイジャーはやっと安心した。
フレイジャー:ありがとう、ありがとう、父さん。ホッとしたよ。ねえ、僕は夜半まで起きてて気にしてたんだ、ただ…[マーティンが黙って泣いているのに気づく]父さん、大丈夫? 僕、父さんにショックなこと言ってないよね? ああどうしよう、父さん、泣いてるの?
マーティン:[フレイジャーに背中を向けているが明らかに泣いている]泣いてない!
フレイジャー:いや、泣いてるよ。泣いてる—涙を拭いたの見たよ。
マーティン:[涙声で]泣いてないよ。俺の方を見るのやめろ。
フレイジャー:父さん![一緒に泣き出して]僕は父親を泣かせた!
マーティン:お前まで泣くな。
フレイジャー:[しゃくりあげながら]僕は父さんが泣いてるから泣いてるだけなんだ。
マーティン:[しゃくりあげながら]俺は泣いてない。こりゃ一体どうしたんだ。俺は撃たれたときでも泣かなかったのに!
フレイジャー:[しゃくりあげながら]僕だって父さんが撃たれたときでも泣かなかった。
マーティンは向きを変えてフレイジャーから急いで離れて居間に戻る。フレイジャーは、まだ泣きながら、マーティンに続く。以降の部分の会話は深刻なすすり泣き、むせび泣き、本物のわめき声で行なわれる。
マーティン:俺はすぐあの絵を厄介払いしてくるよ。ただ教えてくれ、何でお前は俺にあれが大好きだなんて言ったんだ?
フレイジャー:彼には嘘を言ったんだ。
マーティン:彼には嘘を言っても俺に嘘を言っちゃダメだ!
フレイジャー:父さん。父さん、お願い。泣くのやめて。あの絵、このままにしときたい。
マーティン:いや、あの絵はよくない。
フレイジャー:いや、いや、いい絵だよ。すごくいいよ。大好きだ。
この時点でナイルズが寝室から戻ってくる。フレイジャーは即座にコーヒーテーブルに向かって顔を隠そうとする。マーティンも同じようにする。
ナイルズ:ああ、見つけたよ…[マーティンが泣いているのに気づく]…あの…あれっ…父さん、泣いているの?[マーティンはフレイジャーの方に手を払って顔を背ける]兄さん、どうしたの…[フレイジャーが抑えきれずにしゃくりあげながら座っているのを見る]何てことだ、兄さんも泣いてる。[一緒に感情的になってきながら]どうしてみんな泣いてるの? みんな、人が泣いてるのを見たら僕がどうなるか知ってるでしょ。何があったか教えて。
フレイジャー:[むせび泣きながら]僕は自分の父親を泣かせちゃったんだ。
マーティン:[泣きながら]俺は泣いてない。
フレイジャー:僕は泣いてるよ。僕は最悪に親不孝な息子だ!
マーティン:俺は息子たちのために何もしてやれないんだ!
ナイルズ:[ついに本気で哀愁に満ちた悲しみにくれながら]誰も僕のパーティーに来たがらない!
溶暗/場面転換

家族の絆

第3場-フレイジャーのアパート


見るからに夜遅く。マーティンがくつろぎ着を着て、キッチンに喉を潤しに来ている。フレイジャーもくつろぎ着を着ていて合流する。二人とも普段に戻った様子。
フレイジャー:父さん。
マーティン:フレイジャー。
フレイジャー:今日の午後のことについて話すべきだと思わない?
マーティン:今日の午後は何もなかったよ。
フレイジャー:ね、父さん。僕には父さんが絵のことでがっかりしたのはわかってるよ。
マーティン:それは問題じゃないさ。
フレイジャー:でも、僕が子供だった頃のように物をやるのは簡単じゃないって自分で言ってたよ。
マーティン:その頃だってすごく上手ってわけでもなかったがな。母さんがいつでもお前の物は全部選んでたから。
フレイジャー:それでも、父さんは僕の頭上に屋根を与えてくれた。学校へやって…
マーティン:わかったわかった。このことを話したいんだな? じゃあ話そうじゃないか。[座る]全体、俺に会った後にお前のところに来る人間は、「あいつがどうしてお前の父親なんだ? 全然似てないじゃないか」っ言うだろ。
フレイジャー:え…
マーティン:なぜかっていうと、この40年間、みんな俺にそう言うからなんだ! 俺は思った…わからんが…やっと俺はお前に与えられたと思ったんだ。お前が気に入るものを。わしら二人ともが好きなものをな。まるで二人に何か共通のものがあるみたいにさ。ま、大した事じゃない。[立ち上がって]疲れたから寝るよ。
フレイジャー:父さん、父さん、あとちょっとここにいてくれない? 覚えてるかな、僕が6歳か7歳のとき? 仕事に行こうとしててさ、もう着替えてたよ。僕が父さんのバッジで遊んでたら、父さんは僕を座らせて、それはおもちゃじゃない、って言ったんだ。それがとても大切な何かの象徴になった。高潔さと誠実さ、そして人々を助けることについての。[マーティンは思い出にふける]で、そのとき以来、そのバッジを父さんが付けているのを見ると、僕はそのことを思い出してたんだ。
マーティン:とにかく何でもいいから遊ぶのをやめるように言っただけだよ。お前が触ると何でもベトベトになったからな。
フレイジャー:それはそうかもしれないけどね、とにかく僕は父さんの例に恥じないように行動して人を助けようとしてきた。精神分析医として、父さんが警察官として見せてくれた高潔さを僕自身も実行しようとしてきたんだ。正しい行ないの道を見失って途方に暮れたときには、バッジを付けている父さんのことを考えると、僕がやるべきことがわかる。父さんのくれたのはそれさ!
マーティン:そうか?
フレイジャー:そうだ、父さん。ありがとう。
マーティン:なあ? お前にほかにやれるものがあると思う。お前が本当に好きになると俺にわかるものさ。すぐ戻るよ。
マーティンは立って寝室に消え、フレイジャーは一人物思いに沈む。フレイジャーは立って絵の方に歩いていく。絵を見て何とか好きになろうとしている。いっとき見てはみるが、肩をすくめてげっそりして目をそらす。マーティンが何かを持って戻って来る。
マーティン:ずいぶん長い間これをずっと取っといたんだ—適当な時期を待ってた。[フレイジャーに箱を渡す]
フレイジャー:[ショックを受けて]ああ、父さん。言葉もないよ。父さんのバ…
[箱を開ける]…ボロタイ[訳注:ループタイ][フレイジャーは明らかに他のものを予期していたのであまり感激しない]
マーティン:お前のおじいちゃんが軍隊を退役したときに皆でそいつをプレゼントしたんだ。俺が学校を卒業したときに親父が俺にくれた、そしてそれを俺がお前にやる、いつかお前がフレデリックにやるんだ。
フレイジャー:[言葉を失って]何て言ったらいいかわからないよ。
マーティン:また泣き出したりはせんだろ?
フレイジャー:いやいや! ただ驚いただけだよ、それだけ。
マーティン:[気づいて]おい、ちょっと待て。お前、俺がバッジをお前にやると思ったんじゃないだろうな?
フレイジャー:いや…僕は…その…
マーティン:わしのバッジ? お笑い種だね。それがほしけりゃ俺の死んで冷たくなった両手からもぎ取るんだな!
フレイジャー:それで決まり!
マーティンは寝室に戻る。フレイジャーはがっかりしてボロタイを箱に投げ入れる。

第2幕了


エンドロール

ロズがKACLのブースに入ると、彼女の机に箱が置いてある。興味津々で開けて中を覗き込んだ後、苦々しげな表情で陶器のカバを引き出す。一つ取り出すと次があり、また次、また次—取り出すたびに悪趣味になっていく。