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[4.4] A Crane's Critique

[4.4]文芸評論家フレイジャー



第1幕


第1場−カフェ・ナヴォーサ。


[フレイジャー、ナイルズ、マーティンの三人がカフェの外のテーブルに腰掛けている。ナイルズはコーヒーを熱心に調べている。]
ナイルズ:今日は泡がちょっと濃いと思うのは私の気のせいだろうか?
フレイジャー:まるでスコットランドの荒野の暗鬱な霧のように。
ナイルズ:アクセントというよりもむしろ圧倒的な。戯れというよりもむしろ侮辱的な。
マーティン:[うんざりして]野球見たいのにむしろ何でこんなこと聞かされなきゃならん的な。
[ロズが合流。]
ロズ:こんにちは。
三人:やあ、ロズ。
ロズ:フレイジャー、明日の会議忘れないでね。始まりは…。
[男性が入ってきて近くのテーブルにつく。ロズは話をやめ、彼をじっと見つめたまま目が離せない。]
フレイジャー:君があいつの上着に開けた焼け焦げ穴二つ、仕立て屋が修繕できるといいけど!
ロズ:上着じゃないの。とにかく会議は10時からよ。こんにちは、マーティ。ここで何なさってるの?
マーティン:新しい洋服を買ってやるからって引きずり出されたんだ。
ナイルズ:年に一度のルドルフ・ブティックのセールに連れてきたの。半額割引でお直しも無料。
マーティン:そりゃ一大事。「洋服のバド」なら毎日やってるけどな。
フレイジャー:そこならお気に入りの「ビッグ・フット」ピザの隣だしね。
マーティン:こいつらは俺の服の趣味が悪いと思ってるのさ。
ロズ:あら、私はマーティンの服装、好きよ。
ナイルズ:それが趣味悪いって決定的証拠だと思う。じゃ行きますか?
マーティン:[立ち上がりながら]わかったよ。ま、一発くらわして片づけるか。
ナイルズ:父さん、もうちょっとやる気出してもいいんじゃない。
マーティン:わかったよ。[カフェの店内に入りながらやる気を出しているふり]こりゃ一発くらわして片づけてやりたくてたまらないぞ。
[ロズはまだテーブルの向こうの男性を見つめている。ナイルズが気づいて]
ナイルズ:眼力で彼を脱がせた?
ロズ:なーに言ってんの。もうすでにストッキング探してるし、自分の車停めた場所を思い出そうとしてるとこよ。
フレイジャー:[別の男性を指して]ねえロズ、ネルシャツ来たあっちの男性の方がもっと好みじゃないかな。
ロズ:あの人? 全然ダメ。オレンジジュースをチューチューいわせて飲んでるじゃない? あれはキスが下手ってこと! つまりはベッドもダメ。慎重すぎなのよね。見て、コーヒーをフーフー吹いてさましてるとこ。
[そのときコーヒーをフーフー吹いてさましているのはナイルズ。フレイジャーとロズが自分を見ていることに気づく。]
ナイルズ:さまそうとしてるわけじゃなくて、ただ泡の穴を吹いてるんだ。
ロズ:シーツにシワもつけられないんじゃないの?
フレイジャー:[通りを眺めやって]ナイルズ、向こうの売店の所にいる客。ひょっとしてあれは?
ナイルズ:見たことあるな。
フレイジャー:T.H. ホートンだよ!
ナイルズ:まさか!
フレイジャー:「光陰は明日へ」のブックカバー、思い出してみろよ。少し年取って白髪になってるけど。
ロズ:「光陰は明日へ」—高校の頃読んだわ。他の本あったっけ?
フレイジャー:ない。それが伝説のキモだよ。傑作が一作のみ、それから30年間、実質的に隠遁してるんだ。
ナイルズ:何、T.H. ホートンだって。米文学の巨人が、石を投げれば届く距離にいる。
ロズ:あんたの投げ方じゃ届かないけどね!
フレイジャー:ナイルズ、これは大変なことだよ。神秘に包まれた一生を送る男、それがそこにいるんだよ。
ナイルズ:いつも僕の偶像だった。会えるものなら何でも差し出すよ。
ロズ:あら、行って自己紹介すればいいじゃないの?
ナイルズ:神様にそんなふうに近づけないよ。
ロズ:じゃあもっとさりげなくやってみなさいよ。
ナイルズ:おたくの方じゃどうやるの? 通りに向かって自分のパンティーをぱちんこで飛ばすとか?
ロズ:何よ泡吹き男!
フレイジャー:[二人を引き離しながら]ナイルズ、ロズの言うことも正しいよ。こんなチャンスはそうそうないぞ? どうだい行ってみようよ。
ナイルズ:わかった。
[マーティンがカフェから外に出てくる。]
フレイジャー:父さん、おいで。行くよ。
マーティン:何だ、そんなに急いで?
ナイルズ:T.H. ホートンが通りの向こうにいるんだよ。
マーティン:誰だ?
フレイジャー:[マーティンをできるだけ急いでせき立てながら]おいで。行くよ。
マーティン:待たんか! わしゃ杖ついてんだぞ!

森の向こう側で…


第2場−近所のバー。


[ナイルズ、フレイジャー、マーティンがバーにドヤドヤと入ってくる。ナイルズとフレイジャーは言い争っている。]
フレイジャー:ナイルズ、ホートンがここに入るのを見たってお前が言ったと思ったが。
ナイルズ:うーん、僕の追跡能力が兄さんの基準に合わなかったんだったら悪かったね。きっと弟に頼むんじゃなくてジャーマン・ショートヘアード・ポインターに頼むべきだったね。
フレイジャー:頼んだんだよ! …ま、悪かった。
ナイルズ:きっとまだ通りにいるよ。行こう。
マーティン:俺はここにいるよ。マリナーズの試合が始まってる。
フレイジャー:父さん、父さん。頼むよ。時間がないんだってば。
ナイルズ:父さんはいいよ。足手まといだ。
フレイジャー:わかった。
[フレイジャーとナイルズはホートンを探して飛び出していく。そうこうするうちに一人の老人がバーの反対側から登場してマーティンの隣の席に座る。明らかにT.H. ホートンであることがわかる。]
ホートン:点数は?
マーティン:4対3でマリナーズ。
二人:[試合を見ながら]ああああ!
マーティン:どうして中継でミスするかな!
ホートン:あの選手、年棒700万ドルって信じられるか?
マーティン:気違い沙汰だね。ケツを掻いてるのを見たかい? あれで大体5000ドルってことかい!
ホートン:[バーテンダーに笑いかけて]バランタインをくれ。
マーティン:あ、じゃもう一つ。
二人:ああああ!
[二人は引き続き一緒に試合を見る。場面は後の時刻に移り、ホートンとマーティンは試合後テーブルに座って話している。]
ホートン:ということは彼が本当にお気に入りの登場人物ってわけかい?
マーティン:ああ、大好きだね。奴はただ一緒に座ってビールを飲むってことができるタイプの男なんだ。
ホートン:なるほどな、あんたがホスについて言っていることはわかるよ。じゃあリトル・ジョーは?
マーティン:そうだな、それが「ボナンザ」のすごい所なんだよ。どの人間にも何かがあるんだ。
[フレイジャーとナイルズがバーに入ってくる。フレイジャーはプンプンしている様子。]
フレイジャー:いやはやありがたいこった、人騒がせ君。[ナイルズの物真似をして]ほら見てよ。ホートンはあっちのヨーグルト屋にいるよ。ほら見てよ。ホートンはフトン・ストアにいるよ。ほら見てよ。ホートンは父さんと一緒にいるよ。
[フレイジャーとナイルズは突如、ホートンがマーティンと一緒にいるのに気づき、すっかり面食らう。そのとき向こうのテーブルでホートンは立ち上がって帰ろうとする。]
ナイルズ:あっ、帰ろうとしてるぞ 。彼の作品が僕の人生にどんなに影響したかを伝えなきゃいけないんだ。
フレイジャー:そいつはちょっと独自性に欠けて聞こえる気がしないか?
ナイルズ:何で?
フレイジャー:なぜなら俺が先に言うつもりだからだよ。
[ナイルズとフレイジャーはホートンの方に駆け寄る。ホートンに辿り着かないうちに、バーのもう一人の客が立ちはだかる。]
客:すみません、ホートンさんですか?
ホートン:ああ。
客:ちょとお伝えしたいことがあって…
ホートン:私の書いた本が君の人生を変えたとか。そりゃ結構。
客:いやそうじゃなくて。
ホートン:私の人生も変わったんだよ。ほら、悪いけどね、わしゃ自分の仕事について話したくないんだ。
[ホートンは去る。]
客:そりゃないよ、バカにして。こんなに拒絶された感じがするのは生まれて初めてだ。
フレイジャー:まあまあ。あんまり真に受けなさんな。君がそんなに感受性が強いって誰もわからないよ。
客:あれ、もしかしてフレイジャー・クレインさん?
フレイジャー:[客の傍から立ち去りながら]今は困りますよ、時間がなくてね。すみませんね。[テーブルのマーティンに合流]父さん、しゃべってた相手が誰だかわかってる? T.H. ホートンだよ。
マーティン:ああ、わかってる。
ナイルズ:ねえねえ、二人で何話してたの?
マーティン:別に。まああれこれな。
フレイジャー:父さん、ホートンについては実質的に何にもわかってないんだ。具体的に何話したか教えてもらえる?
マーティン:ただの男同士の話さ? 野球とか、テレビドラマとか、戦争の思い出話とか。
フレイジャー:ホートンが戦争の話をしたの?
マーティン:いや、俺がしたんだ。シチューを作ったら小隊連中が腹こわした話。
フレイジャー:どうしてそんな話ができる?
マーティン:彼は面白がってたぞ。いい奴だ。どれか一冊本を買ってもいいな。
フレイジャー:どれかじゃないよ、父さん。一冊。一冊だけ。一冊書いて二度と書いてないんだ。
ナイルズ:ああ、10分早く戻ってたらなぁ。ホートンと話せたよ。巨大な知性を探求できたのに。
フレイジャー:あんなに若い年で絶頂を極めるのにどんな苦悩に耐えたか想像つくかい?
ナイルズ:[テーブルのビールのコースターに気づいて]やった、フレイジャー。見て。落書きだ。
フレイジャー:ただの落書きじゃないぞ。ホートンの落書きだ。俺のだ。
ナイルズ:僕んだ。[フレイジャーともみ合う]
マーティン:そりゃ俺のだ。
フレイジャー:父さんが何でほしがるんだよ?
マーティン:俺が書いたって言ってるんだ。
フレイジャー:[ナイルズに渡して]感動的。ナイルズ、お前にやるよ。

第3場−エレベーター。


[フレイジャーとナイルズはフレイジャーのアパートのエレベーターにいる。]
ナイルズ:あんなに素晴らしい展覧会を見たのはいつ以来だろう。作者があの静物画をモノクロームにしたのは天才の偉業だね。深い絶望が感じられる。
フレイジャー:[深い物思いと共に]そうだな。悲哀に満ちた桃を見るのは実に新鮮だったよ。
ナイルズ:学芸員はどう思った?
フレイジャー:彼女自体が一種の桃だったね。
ナイルズ:キュビズムじゃなかったけどね。
[エレベーターの扉が開いてフレイジャーのアパートの前。マーティンとT.H. ホートンが降りようとして待っている。ナイルズとフレイジャーは最初にマーティンにだけ気づく。]
マーティン:よう、子供ら。
二人:やあ、父さん。[T.H. ホートンがマーティンと共にエレベーターに乗り込もうとしているのに気づいて一瞬言葉が出ない。]
マーティン:ああ、テッド、息子たちを紹介するよ。フレイジャーとナイルズってんだ。君の大ファンなんだよ。
ホートン:こんにちは。
フレイジャー:ホートンさん…あ…あの…。
ナイルズ:何て言ったらいいかわかりません… [すっかり面食らって]
ホートン:そのようだね。お会いできてうれしいですよ。[エレベーターの扉が閉じる]
ナイルズ:また行っちゃうよ。[エレベーターのボタンを押すと扉が開く]
マーティン:どうしたんだ?
ナイルズ:変だな。それでお二人はどちらへ?
マーティン:うん、テッドが知ってるブラートヴルスト[訳注:焼きソーセージ]の店に連れてってくれるんだ。
フレイジャー:ブラートヴルスト。おいしそうだなぁ。何と、僕らも好きなんですよ。
ホートン:そりゃよかった。
[エレベーターの扉がまた閉じる。ナイルズは満足せずにエレベーターのボタンをまた押すと扉がまた開く。ホートンはキョトンとし、マーティンはただただうんざり。]
ホートン:どうなってんだ?
ナイルズ:故障かも。アパートにお入り下さい、そしたら受付に言って直して…
マーティン:いらん! [杖でナイルズを押しやる]これでうまくいくさ!
[やっとエレベーターの扉が閉まる。ナイルズはがっかりして、フレイジャーに続いてアパートに入る。ダフネが掃除中。]
フレイジャー:ぜんたい彼はここで何してたんだろう?
ナイルズ:一時間も桃の絶望について熟考してなきゃわかっただろうけどな。
フレイジャー:「四角頭の女」を30分も見ていたヤツが言ってるよ。
ダフネ:あら、フォスターさんの奥さんがまたロビーにいらしたんですか?
フレイジャー:違うよ、ダフネ。それよりどうしてT.H. ホートンがうちのアパートに来たのか教えてくれる?
ダフネ:えーっと、あの方は二、三日しかシアトルにいらっしゃらないんですよ。知り合いの方もあまりいなかったところにあなたのお父様が現われたんで、電話を下さって、お父様がマリナーズの試合を見に行こうって誘ったんです。
フレイジャー:[ぎょっとして]午後ずっとここにいたのか?
ダフネ:ええ。いらっしゃらなくて残念でしたよ。最高に素晴らしい話をいろいろなさったんですよ。もちろんあの方とお父様は古くからの親友みたいに気が合ってたみたいですけど、いちばん感じがよかったのはエディの可愛がり方でしたね。
フレイジャー:[茶化していられなくなって]エディと過ごしてたの?
ダフネ:午後のビスケットをやってました。
フレイジャー:気違い沙汰は終わらない。
[フレイジャーはキッチンに去り、ナイルズが急いで続く。]
ナイルズ:いや、望みを捨てちゃだめだよ。たぶん父さんは夕食の後、ホートンをアパートに連れて戻るよ。
フレイジャー:それはどうかな。たぶんJ.D. サリンジャーとサルマン・ラシュディにばったり会ってさ、皆でマルガリータをひっかけに行くんだ。ナイルズ、こんなニアミスは耐えがたいよな。
ダフネ:[姿は見えず居間からの声]あら、ホートンさん。どういたしまして。
[フレイジャーとナイルズは顔を上げて猛烈な勢いで居間へ。ダフネがたった今別れの挨拶をしたところ。]
フレイジャー:ホートンさんだったの?
ダフネ:ええ。コートを忘れられて。
フレイジャー:どけ、ダフネ![玄関を飛び出す。ナイルズも夢中で追いかける]エレベーター待って!
[エレベーターの扉は閉まったところ。ナイルズとフレイジャーは絶望して扉に凭れてくずおれる。]
ナイルズ:また逃した。
[エディが玄関から走り出てきたナイルズとフレイジャーの前でおすわりをする。]
フレイジャー:ほくそ笑むのはやめろ、このビスケット淫売小僧め!

第1幕了



第2幕


問題:ベーブ・ルースはどうやってミュージカル劇場の歴史を変えたか?


第1場−フレイジャーのアパート。


[ダフネはソファに寝そべって雑誌を読みながらピーナッツをつまみに酒を飲んでいる。エディは玄関扉を見張っていたが突然吠え始める。]
ダフネ:ありがと、エディ。[ダフネは急いで起きてピーナッツの残りをポケットに放り込み 、酒を飲み干してグラスはもう片方のポケットに入れ、布を取り出してテーブルを拭き始める。それまでにエディはマーティンの椅子に戻っていつもの姿勢を取る。フレイジャーがふらりと入ってきて、ダフネが「忙しく働いている」と思う。]
フレイジャー:やあ、ダフネ。
ダフネ:こんにちは。[エディにビスケットを投げる]いい子! ああ、ドクター・クレイン。お帰りになってよかった。ホートンさんがマリナーズの試合に行くんでお父様を迎えに寄られますよ。
フレイジャー:マジ? また来るの?
ダフネ:ええ。間もなく。ダブルヘッダーですって。[フレイジャーはきょとんとしてダフネを見る]二試合やるんです!
フレイジャー:ああわかったわかった。信じられない幸運だぞ。とうとう彼と二人だけで時間を過ごせる、ほんの数分でもな。
[玄関ベルが鳴る。]
フレイジャー:ダフネ、お願い、父さんをとどめて時間稼ぎしてくれないかな? 何か文句言ったら杖を隠してやれ。
[フレイジャーは期待で胸をふくらませて扉を開くとそこにいたのはナイルズ。]
フレイジャー:ナイルズ! これはまた思いがけない。あーっと…そうだ、ついさっきワインショップが電話してきたよ? どうも'82年のシャンボール・ミュジニーが最後の二ケースになったみたいだよ。誰かに全部取られないうちに急いで行ってきたら?
ナイルズ:わかった。[彼の後ろで扉が閉まりかけたそのとき]ちょい待ち!  [フレイジャーを疑り深く見て]1982年といえばブルゴーニュは干ばつだったよね。土地の人が「干しぶどうの年」って仇名で呼んでる。だからあの年のワインは絶対ケースでは売らないんだ、ボトル単位でしか売らないはずだ。 [部屋に押し入りながら]T.H. ホートンがいるんだな?
フレイジャー:いないよ。
ナイルズ:まあいいさ。じゃあ僕がここにちょっとうろうろしてても気にしないよね。
フレイジャー:もう、わかったよ。ホートンは来る途中だ。父さんと野球の試合に行くんだ。ダブルヘッダーでね。[ナイルズはきょとんとしてフレイジャーを見る]二試合やるの!
マーティン:[自室から登場]やあ、ナイルズ。
ナイルズ:あ、父さん。ホートンさんが向かってるって聞いたよ。ひょっとして出かける前にみんなでお昼でも。
フレイジャー:そりゃ素晴らしいアイディアだ。
マーティン:いや、試合はあと45分で始まるんだ。
フレイジャー:じゃあ試合後に一杯ひっかけに来てもらったら。
マーティン:いや、悪いね。それもダメ。出版社の人と会わなきゃいけないらしいよ。新作を渡すんだとさ。
フレイジャー:ホートンが新作?
ナイルズ:[茫然として]足の感覚がなくなってきた!
フレイジャー:そのことで何か言ってた? 登場人物とか、設定とか?
マーティン:いいや。ただ本だとしか。
ナイルズ:父さん! 試合に行くのはやめるべきだよ。僕たちのためだけじゃない。もう野球はたくさんだよ。あの人は知的な刺激に飢えてるに違いないんだ。
マーティン:ああ、お前の言うことはわかるよ—ああいう人間は俺みたいなバカじゃなくてお前らと時間を過ごしたがってるに違いないってことだろ。
フレイジャー:父さん—父さんはバカじゃないよ。全くわかっちゃいないな! 聞いてよ、そうだな、例えば、父さんが昼間帰ってくるとさ、僕がここに座って誰か野球選手と文学について議論してるとするだろ。えーと誰がいいかな、野球選手の名前。
マーティン:ダリル・ストロベリー。
フレイジャー:違うよ、実在の野球選手だよ![訳注:ダリル・ストロベリーは実在の野球選手]
マーティン:フレイジャー、問題はお前があんまりせいて無理強いすることなんだよ。俺たちはただスポーツの話をして、面白がっている。それだけなんだ。俺は仕事のことなんか聞きゃしない—だからこそ、彼は俺に本のことを話したんだよ。
[玄関ベルが鳴って、フレイジャーはマーティンの言葉に思いをめぐらせながら応える。T.H. ホートンだ。]
フレイジャー:ホートンさん。こんにちは。
ホートン:やあ。調子はどう?
マーティン:やあ、テッド。入ってくれ。
フレイジャー:てなわけで君たち坊やは野球の試合に行くんだね? ダブルヘッダーで。
ナイルズ:[得意げに]二試合のことだよ!
ホートン:ああ。
ナイルズ:野球トリビアを一つ:ボストン・レッドソックスのオーナーはニューヨーク・ヤンキースにベーブ・ルースを売ってブロードウェイ・ミュージカルの「ノー、ノー、ナネット」の資金を調達したんですよ。
ホートン:[沈黙の間]用意はできたか、マーティ?
マーティン:行こう。
フレイジャー:お話できて本当によかった。試合の後、寄って下さったらどうですか。お話の続きができるので…
[フレイジャーの言葉を置き去りにしてマーティンとホートンは出て行く。]
フレイジャー:[嫌味で]ノー、ノー、ナネット!
ナイルズ:ごめん。野球の話題に僕が付け加えられるのは二つだけなんだ。その話と、それから…いや、一つだけか。
[フレイジャーとナイルズは二人ともソファに倒れこんで天井を仰ぐ。]
ナイルズ:フレイジャー。
フレイジャー:ああ。
ナイルズ:ホートンがいつもショルダーバッグを持ち歩いているのに気づいてた?
フレイジャー:ああ、実際そうだな。
ナイルズ:で、新作の原稿を持って試合の後出版社の人に会うって父さん言ってなかった?
フレイジャー:[退屈そうに]だね。
ナイルズ:でさ、いま僕の頭の下にあるの、そのショルダーバッグじゃない?
フレイジャー:何だって!
[フレイジャーとナイルズは二人とも飛び起きてホートンが本当に原稿をソファの肘掛に置いていったことを認める。二人は走り寄り、ナイルズはバッグをあらためようとする。]
フレイジャー:待て!
ナイルズ:やっぱり?
フレイジャー:ダメだ。
ナイルズ:見たら自分たち自身に耐えられなくなるかな?
フレイジャー:見なくても自分たち自身に耐えられないかもな?
ナイルズ:どっちにしろ自分たち自身に耐えられないよね?
フレイジャー:もうやめろ、ナイルズ。俺たち、ふざけてる場合?
[フレイジャーは原稿を鷲掴みにしようとするがナイルズが止めて、原稿バッグからそっと取り出す。フレイジャーは立って玄関の扉をチェックする。ナイルズはすでに原稿をテーブルに置いていて、とにかくゆっくりとカバーから取り出す。]
フレイジャー:「カメレオンの歌」、T.H. ホートン作。
ナイルズ:手書きで直してあるよ。フレイジャー—これが彼の生の原稿なんだよ!
[ダフネが部屋から出てくる。]
ダフネ:何てことしてるんですか! [フレイジャーとナイルズ は二人ともひどく気が咎めた様子]人の持ち物を漁るなんて! 明らかにいけません。それにお父様も絶対にお認めになりません。午後お休みにしてもらえてたら、ここにいてお父様に言うこともなかったんです。
フレイジャー:わかった、行ってよし。
ダフネ:[上着を掴んで]やった! 午後休みってったって、お金がなきゃ意味ないんですよね、ランチとか、ちょっと買い物とか、お芝居見るにしても…あら、ありがとうございます! [フレイジャーからお金を受け取って扉から出て行く]
フレイジャー:よし、ナイルズ。行くか?
ナイルズ:まだだ。雰囲気が全く完璧にならないと。
フレイジャー:いい点を突いてる。[照明の調光器スイッチの所へ行く]照明から始めよう。
ナイルズ:もっと暗め。[フレイジャーがスイッチをわずかに回す]もっと暗め。[フレイジャーは再び回す]もちょっと明るめで。[フレイジャーはまた回す]ほんの少し暗めに。[フレイジャーはまた回す]髪の毛一本分戻して。[フレイジャーはやめて飲み物の棚の方に行くが、ナイルズはまだ照明に集中していて話し続けている]いやいや、髪の毛一本分進めるの。違うって、ほんのちょっと暗めに。よし完璧。
フレイジャー:[飲み物の棚から]いいぞ!
ナイルズ:おー、素晴らしい素晴らしい。どのワインが一番この体験を強められるかな?
フレイジャー:いや、ナイルズ。ワインだと精神機能が不活発化する。おそらく、そうじゃなくて代わりにコーディアル[訳注:強いリキュール]をチビチビやるのがいい付け合わせになるかも。
ナイルズ:シェリー?
フレイジャー:アルマニャック。
ナイルズ:そうか、さすが兄さん。だてに年上じゃないね。
[フレイジャーは自分とナイルズに一杯注ぎ、原稿を前に置いて二人でテーブルに座る。]
[場面は少し後に移り、二人は物語に夢中になっている。]
フレイジャー:[泣き出しそうになりながら]ああ!
ナイルズ:どうしたの?
フレイジャー:お前はまだそこまで行ってない。
ナイルズ:[少し後、泣き出しそうになりながら]ああ!
[場面はさらに後に移り、フレイジャーとナイルズは二人とも読み終えた。呆然とした様子で椅子に凭れて座っている。]
フレイジャー:いやはや…傑作だ。
[玄関の扉の所にいたエディが吠える。]
ナイルズ:エディ! [フレイジャーに向かって]こんなことを言うことになるなんて考えたこともなかったけど、この本は「光陰は明日へ」を超えたよ。
[エディはまだ玄関の扉の所にいて、2回吠える。]
フレイジャー:[うんざりして]エディ、やめてくれ! この瞬間を味わおうとしているんだから。
[エディは突然走り出し、当然ながら玄関の扉が開いてマーティンとホートンが入ってくる。フレイジャーとナイルズはあわてて証拠を隠滅しようとして原稿をバッグに戻そうとするが見つかってしまう。]
ナイルズ:[素知らぬ顔で]試合はどうだった?
ホートン:それは私の原稿?
マーティン:一体何があったんだ?
ホートン:君らは私のバッグを漁ったのか? 私の私物だぞ。
マーティン:お前たち、信じられん。
フレイジャー:ホートンさん、どうか。本当に、本当にすみません。
ナイルズ:読みたい誘惑に逆らえなくて。
マーティン:どういう意味だ? お前たちは二人とも大人だろうが。少なくとも俺はそう思ってたぞ。他人の物に触る権利はないんだ。テッド、申し訳ない。ただただ恥じ入るのみだ。
ホートン:マーティ、いいんだよ。
マーティン:いや、よくない。
ホートン:いやいや、いいんだ。本当に。誰かが最初の読者にならなきゃいかんのだから。感想はどうだった?
ナイルズ:本の、ですか?
ホートン:いや、私のタイプの打ち方。そんなわけないだろ、本のだよ。
ナイルズ:何というか…スゴイです。
フレイジャー:いやー…ワオ!
ホートン:どうやら少なくとも気に入ってもらえたってわけか。さて、急いで出かけなきゃ。
マーティン:本当かい? コーヒーを淹れてこようと思ったんだが。
ホートン:いやいや。約束があるんだ。ちょっとお借りしていいかな…
マーティン:[洗面所を指して]あっちだ。
[ホートンは洗面所に行き、マーティンは怒った顔で息子たちを見つめている。]
マーティン:お前たちにはうんざりだ。お前たちがホスとリトル・ジョーなら、ベン・カートライトはお前らの残念なケツを蹴飛ばしてポンデローサから追い出しているところだぞ。
フレイジャー:父さん。父さん、本当にすまない。
ナイルズ:ごめんなさい。
[息子たちを反省させたまま残してマーティンはキッチンに行く。]
フレイジャー:またカートライトの話になったぞ。誰のことなのか父さんにいつか聞かなきゃな? ねえ、ナイルズ、どうしても気になることが一つあるんだ。ホートンは僕らのことを口もろくにきけないうすらバカだって思ったまま今日帰ることになるぞ。
ナイルズ:彼の傑作に僕らが言えたことといったら、まさに簡潔な一言だね。スゴイです。「ワオ」。
フレイジャー:故事によれば「ハムレット」を初めて読んでシェークスピアに「まいったな。羊皮紙めくりだしたら止まらない!」[訳注:"What a parchment turner!"〜page turnerより]っていったトンマがいたらしいよ。
ナイルズ:まだ間に合う。彼はまだ帰ってない。
フレイジャー:そうだそうだ。僕らが彼の複雑な作品の真価を十分に認めていることを伝えるのにまだ間に合うな。
[ホートンが洗面所から現われる。]
フレイジャー:ホートンさん、聞いて下さい、あなたの作品にひと言付け加えさせて下さい。
ホートン:ん?
フレイジャー:あのですね、あの回想場面で二人称の語りに調子を変えていくやり方ですね。率直に言って、フォークナーがやりたがっていたことが全部かすんじゃいました。
ホートン:そうかい? そりゃうれしいね。
ナイルズ:待って下さい、僕もひと言。ダンテの「神曲」の構成を巧みに反映していらっしゃいましたよね。お見事です。
ホートン:そうかい?
フレイジャー:ええ、ええ。あの売春宿の地獄…
ナイルズ:売春宿にはまさに九つの部屋があったの、気づきました!
フレイジャー:そうそう。そこから組立ラインの煉獄に移り、ついには農場の天国に至る。
ホートン:二人ともそう見えたのか?
ナイルズ:やあ、もうページからホントに飛び出してきました。
ホートン:そうか、鋭い感想だな。
フレイジャー:いやありがとうございます。今度は僕たちの方がうれしくなっちゃう番。
ホートン:君らは全く正しい。この作品はまるごとクズだ!
ナイルズ:何とおっしゃいました?
ホートン:わしはそこまで目が眩んでいたのか? 構成全てをダンテから盗んでいたんだ。
ナイルズ:えっ、それを意図していたんじゃないんですね。
ホートン:当たり前だ。私が一番怖れていたことが現実になった。自分独自の言葉など何一つ残ってないんだ。俺は空っぽなんだ。自分に二作目が書けるなんてバカなことをよく思いつけたもんだ。[自分の原稿を朗読して]「農場の冬は厳しかった。」だと。よし、じゃあ暖めてやる。[原稿を火に投げ入れ始める]
マーティン:[キッチンから出てきて]今度は何があったんだ?
ホートン:君たちは二人とも正しい。私は無能な一発屋だ。
フレイジャー:父さん、僕たち言ってないよ。
マーティン:こいつらの言うことを聞いたんじゃないだろうね?
ホートン:このガラクタを見てくれ。燃えもしない。
フレイジャー:いや、ここ、暖炉なんであんまり排気がよくないんです。
ホートン:この本は暖炉にはふさわしくない。側溝に放り込むのがふさわしいんだ。市のゴミの残りと一緒にな。
[ホートンはバルコニーに向かうのを、あわててマーティンとフレイジャーとナイルズが追いかけて必死に止めようとするが無駄に終わり、ホートンは原稿全部を手すりから下の街路に投げ捨てる。]
ホートン:君ら二人には感謝したい。この作品を出版していたら私の評判は粉々になった。少なくともこれで尊厳のかけらは残ったよ。
[ホートンは歩き去ろうとするが、残念なことに最後のセリフを言っているときに原稿が1枚靴にくっついているのに気づかない。ナイルズが何かを言おうとするがフレイジャーが止める。]
マーティン:これで満足か? よお、テッド。待てよ。
[マーティンはホートンを追って、息子たちをまた二人きりにする。]
フレイジャー:ああ、僕らは一人の人生を壊してしまった。
ナイルズ:しかも将来の世代から芸術作品を奪ってしまった。
フレイジャー:なあ、でもまた一方さ、実際に出版されていたら評論家は絶対ダンテとの類似に気づいたよな。
ナイルズ:うん。僕たちから聞いて気分を害するんなら「ニューヨークブックレビュー」で同じことを読んだらどんなふうに感じるだろうか。
フレイジャー:いやまさにそうだ。傷つきやすい自我がそんなことになったら完全に打ちのめされちまうよ。
ナイルズ:そしたら彼がどんなことになるやら?
フレイジャー:なあ、ナイルズ…俺ら、一人の人生を助けたよな。
ナイルズ:そうだよ、兄さんは正しいと思う。[ややあって]でもまた一方さ…
フレイジャー:そっち行っちゃだめ!
ナイルズ:やあ、さすが兄さんだな。だてに年上じゃないね。

第2幕了


エンドロール

ダフネは覗き穴から見張り中、その間、エディは長椅子を転げ回っている。不意にダフネが振り向いて口笛を鳴らすと、エディは直ちに転げ回るのをやめてマーティンの椅子に乗ったいつもの姿勢を取る。ダフネは掃除に戻る。フレイジャーが入ってきてダフネに微笑む。しかしその場の全くの静けさが奇妙に感じられてきて、一人と一匹を疑わしげに見つめる。